「世界ヘビー級チャンピオンと聞いて誰を思いつくか?」。
この質問を日本ですると、おそらくあの「史上最凶の男」の名前が一番多く挙がるのではないでしょうか。
バブル経済に乗って電通と日本テレビ、トヨタ、サントリーがスクラムを組んでジャパンマネーを結集、東京ドームに2度もタイソンを〝招致〟した残像もあり、今でもカネロ・アルバレスなど比較にならない認知度を誇る外国人ボクサーです。

モハメド・アリの引退によって、米国ボクシングの凋落は決定的になりました。
スポーツイラストレイテッド誌のSports person of The Yearに選ばれた最後のボクサーは40年前、1981年のシュガー・レイ・レナードから1人も輩出出来ていません。
また、スポーツパーソン・オブ・ザ・イヤーから、米国の「年間最高アスリート」のステイタスを奪ったESPY賞(Excellence in Sports Performance Yearly Award)は、ボクシングが完全マイナースポーツに転落・定着した1993年から始まったということもあり、ボクサーの受賞はゼロ。
ボクシングがメジャースポーツから転落、その影はヘビー級において最も色濃く落とされました。
アリの時代が終わって40年以上が経ちましたが、今なお米国では「ヘビー級冬の時代」は終わっていないと言えるでしょう。
マイナーに落ちたボクシングですら、ヘビー級は人気No.1階級ではないのです。
…しかし、「マイク・タイソンがいたじゃないか!」という反駁の声が聞こえてきそうです。
確かに、アリがいなくなった80年代のヘビー級にタイソンは光を取り戻した救世主でした。
正確に語ると、あれはヘビー級ではなくタイソンの刹那の栄光と凄惨な没落が野次馬の興味を集めただけでした。
現実は、タイソン以外のヘビー級ボクサーへの興味関心は薄く、ヘビー級が輝きを取り戻したとは正確には言えない時代でした。
当時は「ヘビー級のレベルが歴史上最低」という環境。
弱い相手に滅法強い勝ち方をしたタイソンは、リング誌のBest Fighter Poll(年間PFP投票)の88-89年で連続1位に輝きますが、1990年2月に東京ドームでバスター・ダグラスに惨敗してから評価が揺れます。
強豪と呼ぶにはあまりにも稚拙なレーザー・ラドックとの危なっかしい2連戦、クルーザー級上がりのイベンダー・ホリフィールド戦で見せた醜悪なまでの心の弱さは、レノックス・ルイス戦でも晒け出してしまします。

ルイス戦はタイソンが35歳のとき。ヘビー級としてはまだまだ老け込む年齢ではありませんでしたが「タイソンは過去も現在も未来も強い相手には勝てない」とメディアもファンもはっきり理解します。
トレバー・バービックを空中遊泳させ、20歳4ヶ月と23日で史上最年少のヘビー級王者を獲ったリング上で「俺は史上最年長王者になる」と甲高い声をあげたタイソンの言葉にも、多くのファンが「おそらくそうはならない」と直感していました。
カス・ダマトが亡くなってわずか1年、そのリングでタイソンが抱擁した相手は、ダマトが「口も聞くな」と教え込んだはずのドン・キング。彼はダマトが存命の頃から、コソコソとキングと接触していたのです。
そして、史上最年長の王者になるどころか、1歳上のルイスに粉砕され、4歳上のホリフィールドに完全な形で2連敗を喫してしまうのです。
「どうしてタイソンを過大評価してしまったのか?」という理由にリング誌は「水準の低い相手とはいえ圧倒的なスタイルで勝っていたから」と素人みたいな釈明。
現在ではタイソンを歴代PFPなどで上位に数えないばかりか、80年代のPFPですら7位と、全盛期でより評価の高かったレナード(1位)やマービン・ハグラー(2位)の後塵を拝するのは仕方がないにせよ、ライトヘビー級で強豪相手に勝ち残ったマイケル・スピンクス(4位)よりも下と、手の平を返しました。
現在、生きているグレートによるPFPトップ10でも全くお呼びでないタイソンですが、そのインパクトだけなら歴代トップ10に入るでしょう。
日本限定なら1位もありえます。
それほど眩い輝きを放ちながら、全盛期でも心の弱さと、幼稚な行為から「タイソンは50歳まで生きていない。生きていたとしても塀の中」と多くの人がその未来が真っ暗闇だと確信していました。
しかし…。
強い相手にはたったの一度も勝てなかったタイソンですが、現実の人生では多くの人の予想を裏切る大番狂わせを演じてみせます。
カス・ダマトが甘やかして育て、ドン・キングが唆した、幼稚で凶悪で臆病なフランケンシュタインは人間に戻り、人生の幸せをつかみとり、55歳になりました。
リングの中の評価は、その衝撃と比べるとあまりにも低いタイソンですが、いまなおその人気はレナードやロベルト・デュラン、トーマス・ハーンズ、フリオ・セサール・チャベスら元PFP1位のグレートをはるかにしのぎます。
ボクシングメディアやボクシングファンという矮小なグループを除いた、一般での人気は今なお破格。
マイク・タイソンは間違いなく史上最も人気のあるファイターの1人です。
次回は、全盛期にはタイソン以上に高い評価を受けながら、タイソン並みの手の平返しを食らったロイ・ジョーンズJr.です。
この質問を日本ですると、おそらくあの「史上最凶の男」の名前が一番多く挙がるのではないでしょうか。
バブル経済に乗って電通と日本テレビ、トヨタ、サントリーがスクラムを組んでジャパンマネーを結集、東京ドームに2度もタイソンを〝招致〟した残像もあり、今でもカネロ・アルバレスなど比較にならない認知度を誇る外国人ボクサーです。

◉②◉マイク・タイソン
モハメド・アリの引退によって、米国ボクシングの凋落は決定的になりました。
スポーツイラストレイテッド誌のSports person of The Yearに選ばれた最後のボクサーは40年前、1981年のシュガー・レイ・レナードから1人も輩出出来ていません。
また、スポーツパーソン・オブ・ザ・イヤーから、米国の「年間最高アスリート」のステイタスを奪ったESPY賞(Excellence in Sports Performance Yearly Award)は、ボクシングが完全マイナースポーツに転落・定着した1993年から始まったということもあり、ボクサーの受賞はゼロ。
ボクシングがメジャースポーツから転落、その影はヘビー級において最も色濃く落とされました。
アリの時代が終わって40年以上が経ちましたが、今なお米国では「ヘビー級冬の時代」は終わっていないと言えるでしょう。
マイナーに落ちたボクシングですら、ヘビー級は人気No.1階級ではないのです。
…しかし、「マイク・タイソンがいたじゃないか!」という反駁の声が聞こえてきそうです。
確かに、アリがいなくなった80年代のヘビー級にタイソンは光を取り戻した救世主でした。
正確に語ると、あれはヘビー級ではなくタイソンの刹那の栄光と凄惨な没落が野次馬の興味を集めただけでした。
現実は、タイソン以外のヘビー級ボクサーへの興味関心は薄く、ヘビー級が輝きを取り戻したとは正確には言えない時代でした。
当時は「ヘビー級のレベルが歴史上最低」という環境。
弱い相手に滅法強い勝ち方をしたタイソンは、リング誌のBest Fighter Poll(年間PFP投票)の88-89年で連続1位に輝きますが、1990年2月に東京ドームでバスター・ダグラスに惨敗してから評価が揺れます。
強豪と呼ぶにはあまりにも稚拙なレーザー・ラドックとの危なっかしい2連戦、クルーザー級上がりのイベンダー・ホリフィールド戦で見せた醜悪なまでの心の弱さは、レノックス・ルイス戦でも晒け出してしまします。

ルイス戦はタイソンが35歳のとき。ヘビー級としてはまだまだ老け込む年齢ではありませんでしたが「タイソンは過去も現在も未来も強い相手には勝てない」とメディアもファンもはっきり理解します。
トレバー・バービックを空中遊泳させ、20歳4ヶ月と23日で史上最年少のヘビー級王者を獲ったリング上で「俺は史上最年長王者になる」と甲高い声をあげたタイソンの言葉にも、多くのファンが「おそらくそうはならない」と直感していました。
カス・ダマトが亡くなってわずか1年、そのリングでタイソンが抱擁した相手は、ダマトが「口も聞くな」と教え込んだはずのドン・キング。彼はダマトが存命の頃から、コソコソとキングと接触していたのです。
そして、史上最年長の王者になるどころか、1歳上のルイスに粉砕され、4歳上のホリフィールドに完全な形で2連敗を喫してしまうのです。
「どうしてタイソンを過大評価してしまったのか?」という理由にリング誌は「水準の低い相手とはいえ圧倒的なスタイルで勝っていたから」と素人みたいな釈明。
現在ではタイソンを歴代PFPなどで上位に数えないばかりか、80年代のPFPですら7位と、全盛期でより評価の高かったレナード(1位)やマービン・ハグラー(2位)の後塵を拝するのは仕方がないにせよ、ライトヘビー級で強豪相手に勝ち残ったマイケル・スピンクス(4位)よりも下と、手の平を返しました。
現在、生きているグレートによるPFPトップ10でも全くお呼びでないタイソンですが、そのインパクトだけなら歴代トップ10に入るでしょう。
日本限定なら1位もありえます。
それほど眩い輝きを放ちながら、全盛期でも心の弱さと、幼稚な行為から「タイソンは50歳まで生きていない。生きていたとしても塀の中」と多くの人がその未来が真っ暗闇だと確信していました。
しかし…。
強い相手にはたったの一度も勝てなかったタイソンですが、現実の人生では多くの人の予想を裏切る大番狂わせを演じてみせます。
カス・ダマトが甘やかして育て、ドン・キングが唆した、幼稚で凶悪で臆病なフランケンシュタインは人間に戻り、人生の幸せをつかみとり、55歳になりました。
リングの中の評価は、その衝撃と比べるとあまりにも低いタイソンですが、いまなおその人気はレナードやロベルト・デュラン、トーマス・ハーンズ、フリオ・セサール・チャベスら元PFP1位のグレートをはるかにしのぎます。
ボクシングメディアやボクシングファンという矮小なグループを除いた、一般での人気は今なお破格。
マイク・タイソンは間違いなく史上最も人気のあるファイターの1人です。
次回は、全盛期にはタイソン以上に高い評価を受けながら、タイソン並みの手の平返しを食らったロイ・ジョーンズJr.です。
コメント
コメント一覧 (3)
師匠、カスダマトが失くなり、
トレーナーのルーニーを切ったから、
タイソンは、弱くなり、ダメになった。と、いう
理由が多いとおもいます。
日本のファンは、
ヘビー級を知れないし理解していないのかも
しれません。
以前書きましたか、YouTubeでマイクタイソンの
練習風景視たけど速くて、パワーあり、斬新でした。
でも、これはヘビー級をしらない
素人の見方なんですね
世界はひろい
日本は見方が狭く、それがない。
フシ穴の眼
が
しました
「あのフレームと戦績を考慮して、PFPを忠実に実行」すれば史上稀に見るトップクラスなんでしょうが…半分は当人達の責任ですが、半分は外部要因です。井上も責任の所在はともかく、うっかりするとその仲間入りしてしまいそうですが…
フシ穴の眼
が
しました