【1946〜1659年】
ベン・シーゲル、すなわちバグジーがフラミンゴを建立した1946年からの10年間は世界史上でアメリカが最も強かった時代です。
そして、ボクシング市場は、規模だけでなく社会的ステイタスなどトータルで考慮すると間違いなく黄金時代を謳歌していました。
ヘビー級ではジョー・ルイスとロッキー・マルシアノ、そしてウェルター級とミドル級でシュガー・レイ・ロビンソンが躍動した古き良き時代です。
この時代に行われたビッグファイトを振り返ってみましょう。
当時はまだ東海岸がボクシングイベントをリード、屋内アリーナではマジソン・スクエア・ガーデン、屋外ではヤンキースタジアムなどの巨大会場がビッグファイトの受け皿になっていました。
◉1947年7月16日。トニー・ゼールvsロッキー・グラジアノ。
ボクシングファンならずとも「傷だらけの栄光」(Somebody Up There Likes Me)は知っているでしょう。
ポール・ニューマンが演じたロッキー・グラジアノが〝Man of Steel=鋼鉄の男〟を叩きのめして栄光を掴み取った伝説の名勝負の舞台になったのが、いまはなきシカゴ・スタジアムでした。
「グラジアノvsゼール」やボクシング映画に脇道がそれてしまうと、もう2度と戻ってこれないので「ボクシングの会場」の話から離れません!
ニューヨーク、シカゴ…。この時代のメガファイトがマフィアのお膝元で行われていたことは、周知の事実です。
◉1947年12月5日。ニューヨーク、マディソン・スクエア・ガーデン。ジョー・ルイスvsジャーシー・ジョー・ウォルコット。
これまた伝説の中の伝説。ルイスが24連続防衛を果たした名勝負です。
まず、ルイスはナチスとの代理戦争でマックス・シュメリングをノックアウトした米国最大のヒーロー。そして、ウォルコットは誕生地も生年月日も不明の怪人。
オッズは15-1でルイス圧倒的有利でしたが、1万8000人フルハウスの大観衆が目撃したのは、オープニングラウンドと4ラウンドに痛烈にダウンを喫したルイスの姿でした。
試合は判定までもつれはしますが、ルイスはスコアカードが読み上げられる前にリングを降ります。敗北を受け入れたからでしたが…。試合はまさかのSDでルイスの勝利。
>>>>>ここまで書いてきて、米国の聖地がどんな変遷を描いてきたのかを書こうとした「フラミンゴからT-Mobile Arenaへの道。」が、いかに無謀な軽はずみであったかを実感しています。
こんなもん、伝説の試合に触れずに会場だけを辿っていくことなどできません…。末長くお付き合いを。。。
ベン・シーゲル、すなわちバグジーがフラミンゴを建立した1946年からの10年間は世界史上でアメリカが最も強かった時代です。
そして、ボクシング市場は、規模だけでなく社会的ステイタスなどトータルで考慮すると間違いなく黄金時代を謳歌していました。
ヘビー級ではジョー・ルイスとロッキー・マルシアノ、そしてウェルター級とミドル級でシュガー・レイ・ロビンソンが躍動した古き良き時代です。
この時代に行われたビッグファイトを振り返ってみましょう。
当時はまだ東海岸がボクシングイベントをリード、屋内アリーナではマジソン・スクエア・ガーデン、屋外ではヤンキースタジアムなどの巨大会場がビッグファイトの受け皿になっていました。
◉1947年7月16日。トニー・ゼールvsロッキー・グラジアノ。
ボクシングファンならずとも「傷だらけの栄光」(Somebody Up There Likes Me)は知っているでしょう。
ポール・ニューマンが演じたロッキー・グラジアノが〝Man of Steel=鋼鉄の男〟を叩きのめして栄光を掴み取った伝説の名勝負の舞台になったのが、いまはなきシカゴ・スタジアムでした。
「グラジアノvsゼール」やボクシング映画に脇道がそれてしまうと、もう2度と戻ってこれないので「ボクシングの会場」の話から離れません!
ニューヨーク、シカゴ…。この時代のメガファイトがマフィアのお膝元で行われていたことは、周知の事実です。
◉1947年12月5日。ニューヨーク、マディソン・スクエア・ガーデン。ジョー・ルイスvsジャーシー・ジョー・ウォルコット。
これまた伝説の中の伝説。ルイスが24連続防衛を果たした名勝負です。
まず、ルイスはナチスとの代理戦争でマックス・シュメリングをノックアウトした米国最大のヒーロー。そして、ウォルコットは誕生地も生年月日も不明の怪人。
オッズは15-1でルイス圧倒的有利でしたが、1万8000人フルハウスの大観衆が目撃したのは、オープニングラウンドと4ラウンドに痛烈にダウンを喫したルイスの姿でした。
試合は判定までもつれはしますが、ルイスはスコアカードが読み上げられる前にリングを降ります。敗北を受け入れたからでしたが…。試合はまさかのSDでルイスの勝利。
>>>>>ここまで書いてきて、米国の聖地がどんな変遷を描いてきたのかを書こうとした「フラミンゴからT-Mobile Arenaへの道。」が、いかに無謀な軽はずみであったかを実感しています。
こんなもん、伝説の試合に触れずに会場だけを辿っていくことなどできません…。末長くお付き合いを。。。

コメント
コメント一覧 (2)
バグジーも観てみようかな
フシ穴の眼
が
しました