この世にスポーツ数あれど、ボクシングほど映画の題材に取り上げられたスポーツは存在しません。
そして、野球など他のスポーツの映画が、ボクシング映画のクオリティを凌駕することも一切あり得ません。
野球選手が躍動するのはボールパークのフィールドだけです。陸上選手が高貴に疾走出来るのはトラックだけです。サッカー選手が輝く場所はピッチの上にしかありません。
スクリーンの中にはバッターボックスもマウンドもありません。400mトラックをねじ込むにはスクリーンは小さすぎます。スクリーンにどんなに肥料を蒔いても芝生は芽吹きません。
しかし、ボクサーはリングの上だけでなく銀幕でも感動と勇気を魅せることが出来ちゃうのです。
そうです、なぜならスクリーンもまた四角いリングだったからなのです。
第5回アカデミー作品賞にノミネート、主演男優賞と脚本賞に輝いた傑作です。1979年のリメイクもヒットしました。
監督はキング・ヴィダー。主演はウォーレス・ビアリーは実生活でもアル中で、酒が原因で離婚してしまいます。
現実のビアリーはわずか16歳で北米をサーキットするサーカス団で象使いとして就職、その後俳優になったといいますから、なんだかすごい話です、すごい時代です。
そのヴィダーを食う名演技を見せているのが、子役のジャッキー・クーパー。当時10歳のクーパーは一躍スターの仲間入り。
しかし、名子役のお約束、強烈な印象を焼き付けてしまったチャンプの後は目立った役に巡り会えずに低迷してしまいます。
それにしても、1931年版のなんという哀愁、なんという父子愛。
米国国旗に星条旗が採用されたのも1931年、そんな時代にこれほどのボクシング映画が上映されていたとは…日本はこの年に満州事変を起こして世界大戦への道を真っしぐらに進んでしまうのですが…。
マニー・パッキャオも真っ青、史上最大の大番狂わせを起こしたジム・ブラドッグの実話物語。
ライトヘビー級の中堅選手だったブラドックは、右拳の負傷で引退を余儀なくされてしまいます。
運悪く、そこに1929年の世界大恐慌が吹き荒れます。ブラドックは日雇い仕事で何とか家族を守っていきますが、生活は耐えられないほどまで窮乏、生活保護を申請して命を繋いでいました。
そこに現れたのは、かつてのマネージャー。「1試合だけの復帰戦」「法外な報酬」を持ちかけたのです。
相手は世界ヘビー級チャンピオン、マックス・ベア。
マックス・シュメリングを粉砕、イタリアの大巨人プリモ・カルネラを11ラウンドで屠るまでに12度もダウンさせ「史上最強」の呼び声も高い剛腕に、引退してから長い長い時間が経ったライトヘビー級のロートルが挑もうというのですから、誰もが「悪い冗談」(ニューヨークタイムズ紙)と見ていました。
そして1936年6月13日、マディソン・スクエア・ガーデン。NBAとニューヨーク州が公認する、議論する余地のない世界ヘビー級タイトルマッチ。
運命のゴングが打ち鳴らされます。
奥さん役のレネー・ゼルヴィガーもさすが、いい味出してます。
ロバート・ロッセン監督、ジョン・ガーフィールド主演。
才能あるプライズファイター(職業ボクサー)チャーリー・デイビスの周囲に蠢めく「悪い奴ら」を活写したフィルム・ノワール。
ロッセンも元ボクサーで、自らの経験もこの映画に盛り込んだと言います。のちに「ハスラー」(1961年)も監督する巨匠です。
前年公開の「郵便配達は二度ベルを鳴らす」でも主演したガーフィールドの暗い、昏い演技が光る傑作です。
マーティンスコセッシ監督とロバート・デニーロの最強コンビが高次元で結晶してくれた「タクシードライバー」の香りも漂う不朽の名作。
「タクシードライバー」「ゴッドファーザー」でも徹底的に追求した役作り〝デニーロ・アプローチ〟は30㎏近い体重増減をやってのけたこの作品で世に広まりました。デニーロは第53回アカデミー主演男優賞を獲得。
アマチュアで85戦全勝無敗、プロでも40連勝と一度も負けたことのないシュガー・レイ・ロビンソンに初めて土をつけたジェイク・ラモッタが、リングの中だけでなく、マフィアやブロンドの美少女との倒錯的な葛藤に悶える物語です。
リアルタイムに劇場で観たものを1位にすべきなのですが、完全に個人の好みとして「傷だらけの栄光」すなわち「Somebody Up There Likes Me」を1位とします。
ミドル級チャンピオン、ロッキー・グラジアノの自伝を原作とした名作です。グラジアノとレイジングブル(ジェイク・ラモッタ)は、少年時代にニューヨークの下町で暴れ回った非行少年友達でした。
この映画を観たのは、今は無き池袋文芸坐の古典名作シリーズ、大学生のときでした。
監督はロバート・ワイズ。主人公には当時人気絶頂のジェームズ・ディーンを起用することが決定していましたが…。
カーレース会場を目指してポルシェ-550を走らせていたディーンは交差点でフォードと激突、帰らぬ人となってしまいます。
代役に起用されたのが、ディーンらと同じアクターズスタジオで演技を磨いてたポール・ニューマン。この映画にはスティーブ・マックィーンも端役で銀幕デビューを飾っています。
ポール・ニューマン、かっこ良すぎです。
🎬🎬🎬思いつくままに書いてしまうと、ベスト10に入れたかった作品が後から後から思い出されてきてしまいました。
ボクシング史上に残る巨大イベントにして最高傑作「The Runble In The Jungle」(キンシャサの奇跡)を描いた「When We Are Kings」(1996年)や、ジョン・ウェインの「The Quiet Man」(1952年)、アカデミー作品賞など8部門を受賞したマーロン・ブランド の「On The Waterfront」(1954年)、やはり作品賞ほか8部門でアカデミー賞に輝いた「From Here To Eternity」(1953年) などなど。。。。
まあ、「波止場」と「ここより永遠に」はボクシング映画に入れちゃうのはちょっと憚られますが…。
最初は、ライバルのマフィアを暗殺するレストラン名などでレジェンドボクサーが要所に使われている「ゴッドファーザー」を1位にしようと始めましたが、途中でそれは卑怯かもしれないとやめちゃいました。
もう一回やり直したら、下位の順位が全然違って、入れ替えもいっぱいありそうです。まさに正確なモノサシの無い脳内ランキング、PFPみたいなものでした。
そして、野球など他のスポーツの映画が、ボクシング映画のクオリティを凌駕することも一切あり得ません。
野球選手が躍動するのはボールパークのフィールドだけです。陸上選手が高貴に疾走出来るのはトラックだけです。サッカー選手が輝く場所はピッチの上にしかありません。
スクリーンの中にはバッターボックスもマウンドもありません。400mトラックをねじ込むにはスクリーンは小さすぎます。スクリーンにどんなに肥料を蒔いても芝生は芽吹きません。
しかし、ボクサーはリングの上だけでなく銀幕でも感動と勇気を魅せることが出来ちゃうのです。
そうです、なぜならスクリーンもまた四角いリングだったからなのです。
第5位:「The Champ」(1931年)

監督はキング・ヴィダー。主演はウォーレス・ビアリーは実生活でもアル中で、酒が原因で離婚してしまいます。
現実のビアリーはわずか16歳で北米をサーキットするサーカス団で象使いとして就職、その後俳優になったといいますから、なんだかすごい話です、すごい時代です。
そのヴィダーを食う名演技を見せているのが、子役のジャッキー・クーパー。当時10歳のクーパーは一躍スターの仲間入り。
しかし、名子役のお約束、強烈な印象を焼き付けてしまったチャンプの後は目立った役に巡り会えずに低迷してしまいます。
それにしても、1931年版のなんという哀愁、なんという父子愛。
米国国旗に星条旗が採用されたのも1931年、そんな時代にこれほどのボクシング映画が上映されていたとは…日本はこの年に満州事変を起こして世界大戦への道を真っしぐらに進んでしまうのですが…。
第4位:Cinderella Man(2005年)
ロン・ハワード監督。主演ラッセル・クロウ。マニー・パッキャオも真っ青、史上最大の大番狂わせを起こしたジム・ブラドッグの実話物語。
ライトヘビー級の中堅選手だったブラドックは、右拳の負傷で引退を余儀なくされてしまいます。
運悪く、そこに1929年の世界大恐慌が吹き荒れます。ブラドックは日雇い仕事で何とか家族を守っていきますが、生活は耐えられないほどまで窮乏、生活保護を申請して命を繋いでいました。
そこに現れたのは、かつてのマネージャー。「1試合だけの復帰戦」「法外な報酬」を持ちかけたのです。
相手は世界ヘビー級チャンピオン、マックス・ベア。
マックス・シュメリングを粉砕、イタリアの大巨人プリモ・カルネラを11ラウンドで屠るまでに12度もダウンさせ「史上最強」の呼び声も高い剛腕に、引退してから長い長い時間が経ったライトヘビー級のロートルが挑もうというのですから、誰もが「悪い冗談」(ニューヨークタイムズ紙)と見ていました。
そして1936年6月13日、マディソン・スクエア・ガーデン。NBAとニューヨーク州が公認する、議論する余地のない世界ヘビー級タイトルマッチ。
運命のゴングが打ち鳴らされます。
奥さん役のレネー・ゼルヴィガーもさすが、いい味出してます。
第3位:Body and Soul (1947年)

才能あるプライズファイター(職業ボクサー)チャーリー・デイビスの周囲に蠢めく「悪い奴ら」を活写したフィルム・ノワール。
ロッセンも元ボクサーで、自らの経験もこの映画に盛り込んだと言います。のちに「ハスラー」(1961年)も監督する巨匠です。
前年公開の「郵便配達は二度ベルを鳴らす」でも主演したガーフィールドの暗い、昏い演技が光る傑作です。
第2位:Raging Bull (1980年)

サイモン&ガーファンクルの「ボクサー」同様、常識的にはボクシング映画の最高峰はこの作品でしょう。
マーティンスコセッシ監督とロバート・デニーロの最強コンビが高次元で結晶してくれた「タクシードライバー」の香りも漂う不朽の名作。
「タクシードライバー」「ゴッドファーザー」でも徹底的に追求した役作り〝デニーロ・アプローチ〟は30㎏近い体重増減をやってのけたこの作品で世に広まりました。デニーロは第53回アカデミー主演男優賞を獲得。
アマチュアで85戦全勝無敗、プロでも40連勝と一度も負けたことのないシュガー・レイ・ロビンソンに初めて土をつけたジェイク・ラモッタが、リングの中だけでなく、マフィアやブロンドの美少女との倒錯的な葛藤に悶える物語です。
第1位:Somebody Up There Likes Me(1956年)

ミドル級チャンピオン、ロッキー・グラジアノの自伝を原作とした名作です。グラジアノとレイジングブル(ジェイク・ラモッタ)は、少年時代にニューヨークの下町で暴れ回った非行少年友達でした。
この映画を観たのは、今は無き池袋文芸坐の古典名作シリーズ、大学生のときでした。
監督はロバート・ワイズ。主人公には当時人気絶頂のジェームズ・ディーンを起用することが決定していましたが…。
カーレース会場を目指してポルシェ-550を走らせていたディーンは交差点でフォードと激突、帰らぬ人となってしまいます。
代役に起用されたのが、ディーンらと同じアクターズスタジオで演技を磨いてたポール・ニューマン。この映画にはスティーブ・マックィーンも端役で銀幕デビューを飾っています。
ポール・ニューマン、かっこ良すぎです。
🎬🎬🎬思いつくままに書いてしまうと、ベスト10に入れたかった作品が後から後から思い出されてきてしまいました。
ボクシング史上に残る巨大イベントにして最高傑作「The Runble In The Jungle」(キンシャサの奇跡)を描いた「When We Are Kings」(1996年)や、ジョン・ウェインの「The Quiet Man」(1952年)、アカデミー作品賞など8部門を受賞したマーロン・ブランド の「On The Waterfront」(1954年)、やはり作品賞ほか8部門でアカデミー賞に輝いた「From Here To Eternity」(1953年) などなど。。。。
まあ、「波止場」と「ここより永遠に」はボクシング映画に入れちゃうのはちょっと憚られますが…。
最初は、ライバルのマフィアを暗殺するレストラン名などでレジェンドボクサーが要所に使われている「ゴッドファーザー」を1位にしようと始めましたが、途中でそれは卑怯かもしれないとやめちゃいました。
もう一回やり直したら、下位の順位が全然違って、入れ替えもいっぱいありそうです。まさに正確なモノサシの無い脳内ランキング、PFPみたいなものでした。
わ

コメント
コメント一覧 (3)
これは10位内に入れるべきでした。
完全に失念してました。
連投失礼しました❗
どついたるねん、キッズリターン 、東京フィスト、など日本映画でも好きな映画が沢山あります!どれも違った味わいのある映画ですよ❗