Undisputed Champion。

直訳すると「議論する余地のない王者」。わかりやすく意訳すると「他の誰にも王者を名乗らせない王者」、すなわち「完全統一王者」です。

プロボクシングの世界はWBAからWBC(1966年)、IBF(1983年)、WBO(1988年)が分離独立する形で団体が増殖、世界王者が複数乱立する異常事態が半世紀以上も続いています。

4−Belt Eraの定義は広義ではWBOが発足した1988年からですが、21世紀に入るとその実態は3団体時代とは大きく異なる性格を色濃くしてきました。

3団体時代は「団体の数だけ王者がいる」。「17階級*3団体=51人の世界王者」という掛け算が概ね通用していた時代です。
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しかし、21世紀の4−Belt Eraでは「王者の数は測定不可能」。団体内で複数の世界王者を認定する狂気の沙汰が横行しているのです。

「17階級*4=68人の世界王者」という単純な計算では世界王者の数を把握できない、常軌を逸した時代です。

かつて矢吹丈が「世界にたった一人しかいねえ」とその価値を崇拝した世界チャンピオンは、今ではそれこそ掃いて捨てるほど大量生産されているのです。

この状況下では「誰が一番強いのかがわからない」(井上尚弥)という完全統一に自己表現の価値を見出す考え方もありますが「王者そのものの価値が暴落しているのだから、ガラクタを4つ集めても意味はない」「誰に勝つのか?どれだけ大きな試合をやるのか?」を希求するマニー・パッキャオやフロイド・メイウェザーのような新しい価値観も生まれてしまいました。

そして、どちらが耳目を集めるか、は明らかです。

王者の価値が暴落した時代、スター選手はタイトルを手放すことに何の躊躇いもありません。それどころか「体重超過で世界タイトル剥奪なんて、私の時代じゃ考えられなかった」(浜田剛史)という有様です。

特にスター選手にとって、世界タイトルは大切に守り続ける価値あるものでは、もはやなくなっているのです。

スター選手が団体や階級を散歩するようにつまみ食いする中で、4−Belt Eraにおける完全統一にどこまで意味があるのか?

21世紀になってからスターダムの頂点を極めたオスカー・デラホーヤ、フロイド・メイウェザー、マニー・パッキャオ、カネロ・アルバレスは誰一人として完全統一王者の座に就いていません。

一方で、自力で完全統一したのはバーナード・ホプキンス、テレンス・クロフォード、オレクサンダー・ウシク、ジョシュ・テイラーの月見草キャラの4人。

〝向日葵のツボミ〟テオフィモ・ロペスはWBCの忖度を介してUndisputed Championになったと認める見方もありますが、これもまたタイトルの価値を貶める、ある意味4−Belt Eraならではのスキャンダルでした。

そして明日、ジュニアミドル級で完全統一を賭けて戦うジャーメル・チャーロとブライアン・カスターニョも生粋の月見草です。

この1年で切り取っていても、テイラー、テオフィモ、女子のクラレッサ・シールズと3人のUndisputed Championが誕生、引き分けやノーコンテストがなければ明日、4人目が名乗りを挙げるはずです。

4つのピースをコレクションしても、マービン・ハグラーのようにその座を守り続けるトレンドは4−Belt Era にはありません。

現状では、月見草の〝泊付け〟の道具と化している完全統一ですが、人気者のカネロ・アルバレスが達成すると潮目が変わるかもしれません。

あるいは、井上尚弥がコレクションをコンプリートすると、日本では大きな話題を集めるはずです。

日本でも4−Belt Eraの実態と、Undisputed Championの意味が定着するともっとボクシングに興味を持ってもらえると思うのですが…。

現状では「Undisputed Champion=議論する余地のない王者」は間違った解釈や、具体的に何かを指すものではなく、ぼんやりした訳し方しか見当たりません。

Undisputed Championとは「他の何者にも王者を名乗らせない完全統一王者」です。