ノニト・ドネアが最後に勝った強豪はライアン・バーネット、2018年11月のことでした。

当時、バンタム級最強候補の一角に数えられた26歳の英国人を4ラウンド終了TKOの大番狂わせに退け、WBAスーパーとWBCダイアモンドのベルトを腰に巻いたのです。

しかし、あの試合はバーネットが苦しんでいた腰椎すべり症が試合中に一気に悪化、激痛に耐えることができず棄権を余儀なくされたものでした。

バーネット戦を除くと、ドネアがまともな相手に勝利を収めたのは2012年、ジェフリー・マゼブラ戦以来、9年近くも遠ざかっているのが現実です。
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前日計量はウバーリ、ドネアともに117.6ポンドで一発クリア。ウバーリのマスクはWBCのベルトがデザインされています。


身体能力に依存した激闘型で、融通の利かない一面的な戦いしか出来ない38歳のドネアにとって、経年劣化は引退へのカウントダウン、地獄の一本道です。

見るも無惨に衰えたかつてのスピード、絶妙の反射によってもたらされた当て勘は、今や数万光年彼方に消え去っています。

身体能力に頼りきり、引き出しがない。この種類のファイターの晩年ほど、悲惨なものはありません。

しかし、38歳のフィリピーノ・フラッシュにはそこまでの悲痛さは感じられません。

2014年、同じ身体能力依存型で28歳のニコラス・ウォータースに粉砕されたとき、多くのファンが「ここが潮時」と感じました。

このまま悲惨な敗北を重ねるドネアは見たくない、と。

ウォータース戦を起点に7年11試合を8勝4敗、低レベルの相手にしか勝てず、井上尚弥に健闘した黒星こそ救いがあるものの、ヘタレのウォータースに、実力微妙のジェシー・マグダレノ、下り坂の元PFPカール・フランプトンとことごとく敗北したドネア。

しかし、ウォータース戦以外は12ラウンドをしっかりと完走してみせました。

井上との激闘は、7年前に「引退するには絶好のタイミング」といわれたファイターのパフォーマンスとは思えませんでした。

スピードとタイミングは絶望的なまでに劣化、それを補う引く出しなど持ち合わせない不器用なドネアが、どうして地獄の一本道を転げ落ちなかったのでしょうか?

そのキーワードは「パワー」と「アゴ」、そして「118ポンド」です



ボクサーが経年劣化によって最初に喪失する能力は反射、動体視力、柔軟性、スピードの4つです。

ここでいう動体視力は、ナンバータッチなどで鍛えることができる種類のものではありません。自分と相手の距離感や、自分と相手の動きや位置によって次の動きを瞬時に予想する広義の動体視力です。現在の井上や、晩年でもフロイド・メイウェザーはこの能力が卓越しています。

また、柔軟性も単なる体の柔らかさではなく、相手と自分の動きに対する速やかで最適な上体の動かし方です。

そう考えると、はじめの3つは全て反射にまとめることが出来ます。

4つ目のスピードは加齢とともに衰えますが、このスピードも反射と連動してこそ最大の武器となりえます。

そして、ボクサーが最後まで持ち続ける能力がパワーです。

容赦ない時間のナイフによって反射能力を削り取られたドネアですが、いまだにビッグパンチャーであり続けています。

もちろん、パワーも反射と一体になることで最大の威力を発揮します。

井上尚弥の眼窩底を破壊した、あの左フックは全盛期のドネアならテンプルか顎にヒットさせていたでしょう。

そして鋼鉄のアゴ。

「ビッグパンチャーはグラスジョーが多い」という定説を覆し、ドネアは井上戦を見るまでもなく、頑健な顎の持ち主です。

鋼鉄のアゴを持つビッグパンチャー。たとえ反射能力を失っていても、これほど厄介な相手はいません。

そして、フェザー級までビルドアップした肉体を、バーネット戦で7年ぶりに落とした118ポンド。

キャリア終幕が近いファイターが、階級を落とす…その挑戦は、数え切れない失敗例に新たなサンプルが加わるだけと見られていました。

WBSSで最下位アンダードッグだったドネアが大怪我を負ったバーネット、雑魚代打のステフォン・ヤングをクリアして決勝まで駒を進めたのは単なる幸運に見えましたが、日本のモンスターを相手に真っ向から打撃戦を展開してみせました。

ドネアが現在のバンタム級で強豪と呼んで差し支えないのは明らかです。

鋼鉄のアゴを持つビッグパンチャーが、減量のストレスを最小限に抑えてバンタム級に降りてきたのです。

とはいえ大方の予想はウバーリ勝利に傾いたまま。

現在のオッズは王者2/5(1.4倍)、挑戦者21/10(3.1倍)。先日紹介した、1/3(1.33倍)、23/10(3.3倍)から、微細に接近しました。

ドネアが番狂わせを起こせば、バーネット戦を外すと、2007年の出世試合、ビック・ダルチニアン戦以来の14年ぶりとなります。※

※ギレルモ・リゴンドーとウォータース戦はブッカーによってはドネアがアンダードッグでしたが、どちらにしてもレイザーシン(ミクロの差)のオッズでした。