築地の日刊スポーツ本社は、日本スポーツ史の偉大なシーンを伝えた一面を展示しています。

もちろん、55年前のあの祭典も。
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半世紀以上も前ですから、言葉の選択、センスが今とは違います。

東京をカタカナにした「トウキョー」は、世界的イベントだというアピールの意味だったのでしょうか?

夏の五輪ですが、スキー靴の広告が二つも載ってるのも斬新です。

そして、この一面を見た私がスタンドに流れる煙を「当時は禁煙なんて概念がなかったんだろうなあ」と勘違いしてしまいました。

これはもちろん、聖火ランナーからたなびく白煙です。 

ここから下の写真は日刊スポーツとは関係ありません↓。
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東京2020が決まったとき、スポーツファンとしてはもちろん、最高に嬉しかったです。 

自国のオリンピックを目撃できるなんて!メダル獲得数が史上最多を大幅に更新するのも間違いありません。睡眠不足の夏になると、嬉しい覚悟を決めたものでした。

その一方で、全く些細な思いですが「どんなに金メダルを量産しても東京1964を超えることはない」という確信もありました。私だけじゃないでしょうが。

そして「1964を絶対に超えられないのなら、招致合戦を繰り広げて引っ張り込む必要がどこまであったのか」というミクロのわだかまりも、歓喜の声をあげるのどに細小ではありますが、からんでいました。

この、絶対絶命の空気の中で、私の強固な確信が溶けつつあるのに気付きました。

もちろん、不幸な偶然の産物です。

こんなパンデミックに見舞われたことで「1964」を超えるかもしれないなんて、不謹慎極まる考え方です。

しかし、やっぱり、ここまで追い込まれた中で開催し、次の北京へつなぐ閉会式を無事に終えることが出来たなら、やはりそれは「1964」を超えることになるような気がしてしまうのです。