マニー・パッキャオ。

随分と長い間、その名前を忘れていた。

そうだ、彼はがまだリングにいたのだ。

ボクシングがカネまみれのスポーツに堕落してしまってから、大きな試合を成立させることは非常に難しい作業になってしまった。


70年代までの「負けても取り返せばいい」という当たり前の時代は終わり、スーパースターは年に2試合しかリングに上がらない。

「何が何でも勝つ」のではなく、殴り合うスポーツとはかけ離れた、後ろ向きな「絶対に負けないスタイル」で「絶対に負けない相手」を厳選し「勝ち逃げされてはいけない」ことに重心を置くのが当たり前になってしまった。

21世紀になると、そんなクソまみれのボクシング界はクソ以下になった。

「冒険が悪」「冒険は愚」なんてスポーツはありえない。あってはいけない。

冒険を恐れ、さざ波(元内閣官房参与・高橋洋一)しか起きない勝手知ったる狭い港湾でセールすることしかできないチキン野郎にスポーツマンを名乗る資格はあるのか?
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もちろん、小さな港湾や、もしかしたら小さな港湾以下の浅く生ぬるい足場でチャプチャプするだけで大金を稼ぐほうが楽に決まってる。

「アンソニー・ジョシュアvsタイソン・フューリー」という冒険的なメガファイトが崩落したとき、アメリカのボクシング関係者は「予想通りだ」と自嘲した。

ボクシングの世界には二種類の人間が棲息している。「冒険をしたくないヤツ」と「冒険を邪魔したいヤツ」しかいない。

もちろん、どんなことにだって例外はある。

西から昇ったお日様が、東に沈むことだって、ボクシングの世界にはある。

そう、三種類目の人間がいるのだ。

そんなヤツは一人しかいないから、三種類というのは妥当な表現じゃないかもしれないが。


フォリピンの貨幣価値は米国都市部の50分の1だという試算がある。100分の1とも言われている。

彼が当たり前に一晩、30分余りで稼ぐ数千万ドルは、南シナ海では数十億ドルなのだ。



8月21日、エロール・スペンスJr.との試合が決まったとき、多くのメディアで同じ文章が踊った。

He doesn't need boxing, but boxing needs him.

彼はボクシングなんてやらなくてもいい。もう十分過ぎるほど金を稼いだ。名誉も栄光も獲得した。母国で展開する事業だけで、何世代も遊んで暮らせる。彼にはボクシングなんて必要ないのだ。

しかし、ボクシングは彼を必要としている。過去も今も、おそらく未来も。

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冒険とは無縁の二人。どっちもがんばれ。怪我するなよ。


As the big fight everyone was talking about collapses, Manny Pacquiao delivers a contest with Errol Spence that no one was expecting

誰もがワクワクしながら待っていた中東の決戦が蜃気楼になったとき、誰も予想していなかったメガファイトがプレゼントされた。

マニー・パッキャオとはそういう、生き物なのだ。

He doesn't need boxing, but boxing needs him. というのは本当は嘘だ。

パッキャオなんていなくてもボクシングは回っていく。そもそも、パッキャオだっていつか引退する。それは時間の問題だ。

真実は、こういうことだ。

Boxing doesn't need him , but He needs boxing.

「1995年のプロデビューから27年、表現する言葉が見つからない偉大なキャリア」(リング誌)というのも、初っ端から間違っている。

彼のプロデビューは1989年、11歳でプロデビューしている。正確なプロキャリアは33年だ。

夜祭りの草健闘、一夜限りのトーナメント。その夜、米ドルで2ドルの優勝賞金を受け取っている。

1989年、エロール・スペンスJr.はまだ産まれていない。
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4つのディケイドにまたがって世界王者。

ただ、一点付け加えなくてはいけない。

1995年に18歳だと逆サバ読んだパッキャオは、夜祭の草健闘でも年齢を偽っていたといわれている。

もし、そうだとしたらプロキャリアは34年になるのか、35年になるのか…。