かつて、井上尚弥がローマン・ゴンザレスとの対決を熱望していた頃。

日本のモンスターは「別に海外にこだわらない。多くのお客さんが喜んでくれるなら日本でいい」と語っていました。

「無理やり米国で戦う必要はない」。その考えは、おそらく今も変わらないでしょう。

それでも、米国を目指した動機は、繰り返し口にしているように「パッキャオが見た風景を見てみたい」ということかもしれません。

「パッキャオが見た風景」。

唯物的にはMGMグランドガーデンアリーナやカウボーイズスタジアム(現AT&Tスタジアム)のようなプレミアム会場でメガファイトのメインを張ることです。

アジア人とバンタム級という重すぎる十字架を二つも背負っていては、到底上がれるリングではありません。

それでも、米国初参戦の「THE SUPERFLY」でジャパンマネー補填を受けて報酬が倍増したように、さらに巨大な日本からのバックアップが期待できるなら、米国人が購入するPPVイベントのメインは不可能にしても、それなりのビッグファイトの舞台は作れるかもしれません。

ナジーム・ハメドとイエメン王朝、アラブ諸国が5000万ドル以上といわれる高額な放映権料をHBOに支払ったことで大々的な前宣伝を展開してもらったような構図です。

ただ、それでもバンタム級では弱すぎます。ジョンリール・カシメロもジェイソン・マロニーもノルデーヌ・ウーバーリも米国でのネームバリューはビッグファイトのリングに上がる次元ではありません。

そして、それは当の井上も同じです。

INOUE is lauded in his native Japan but does not get as much attention as the other pound-for-pound stars. For me, only Lomachenko and Canelo Alvarez are better pound-for-pound, yet many fight fans have never heard of Inoue.〜ESPN~
 
日本では大きな評価を得ている井上だが、他のPFPファイターと比べても米国での関心は低い。PFPランキングだけならロマチェンコとカネロに次ぐような存在だが、多くのボクシングファンは井上の名前すらも聞いたことがない。それほどまでに無名なのだ。

井上がPFP上位に評価されていることを知っている日本のボクシングファンは多いでしょう。

しかし、ロマゴンが2年間もPFP1位の座に君臨していたことを知る人はどれだけいるでしょうか?

もちろん、これは報道量の差です。井上には〝PFP警察〟のようなメディアが、井上の小さな海外報道を針小棒大に取り上げていますが、ロマゴンのときは無視し続けました。

現状の井上についても「パッキャオのようになれるかもしれない」という飛躍しまくりの煽り記事はあっても「PFP1位になれば軽量級ではロマゴンに続いて史上二人目」という冷静な報道は少なくとも私は見たことがありません。
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コロナ下での興行はゲート収入が激減する片翼飛行。

井上vsマロニーは無観客、PPVイベントになるわけがありませんから、放映権収入だけが頼りです。

米国や英国のブックメーカーは11月に予定されている「エロール・スペンスJr.vsダニー・ガルシア」や「テレンス・クロフォードvsケル・ブルック」「アレキサンダー・ポベトキンvsディリアン・ホワイト2」などはもちろん12月のオッズも開帳していますが、10月31日の「井上vsマロニー」はどこにも見当たりません。

これはもちろん、早々に決まっていた「ウーバーリvsドネア」も同様です。重い十字架を二つ背負ったマッチアップは、米国では人気がないというよりも、全く関心が払われないと表現したほうが正確です。


そんな軽量級不毛の地で、まともにメガファイトなど実現できる道理がないのです。
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シュガー・レイ・レナードはわずか11試合で5階級制覇を達成しました。1階級あたりの所要試合数は、あろうことか、わずか2.2試合!でした。

井上が戦う4BELT−ERA 4団体時代は、1団体時代から単純に4倍希釈されただけではありません。オリジナル8から17階級にクラスが2倍以上に細分化されただけではありません。

一つの団体が複数の「世界王者」を擁立する狂乱と倒錯の時代です。

これが何を意味するか?

タイトルの価値が暴落しているのは当然です。もちろん、無名のボクサーにとってはアルファベットタイトル、特にメジャー4団体のベルトはスターへの「通行手形」です。

カネロ・アルバレスでもパッキャオでもメイウェザーでもアルファベットタイトルなくしてスーパースターへの道は拓かれませんでした。

ただし、スーパースターになれば「通行手形」は不要です。承認団体の方から「ダイアモンド」だ「フランチャイズ」だと勝手に擦り寄ってきて奉りますが、そのパワーバランスは悲しいほどの差が開いてしまっています。

1団体時代は世界王者のベルトは「通行手形」などではなく「議論する余地のない王者」の証でした。

2団体時代はWBAとWBCの確執が生々しく、ミドル級など人気階級でしか「議論する余地のない王者」が誕生しにくい土壌が出来上がっていました。

そして3BELT−ERAになると「議論する余地のない王者=完全統一王者」は確固たるステイタスであり続けますが、一方でレナードに代表される「スーパースター絶対主義」がまかり通り始めます。

さらに闇が深まる4BELT−ERAでは各団体が同一階級で複数の王者を擁立するのは当たり前、そのランキングも以前にも増して我田引水の操作がなされ、もはや強いボクサーの順番ではなくなっていきます。

そして、ボクシングファンはあってはいけない光景、真実を突きつけられることになります。

ハグラーやタイソンが躍動した3BELT−ERAでは確固たるステイタスであり商品価値があった「議論する余地のない王者」は、4BELT−ERAでは様相が全く違ってくるのです。

確かな指標を見失った混沌の4BELT−ERAで、自力による完全統一に成功して議論する余地のない王者の座に就いたのはバーナード・ホプキンス(ミドル級)とテレンス・クロフォード(ジュニアウェルター級)、オレクサンダー・ウシク(クルーザー級)の3人です。

彼らはハグラーやタイソンとは異なる動機で、全てのベルトを集めることに情熱を燃やしました。

人気が欲しい。莫大な報酬を手にしたい。メガファイトのリングに上がりたい。

つまりは、不人気選手が注目を集めようと躍起になった「通行手形」が「完全統一王者=議論する余地のない王者」でした。

そして、残念ながら、4BELT−ERAでは、その「通行手形」でメインストリートのゲートが開くことはありませんでした。

パッキャオやメイウェザーのメガファイトで「何のタイトルが懸かっているのか」は二の次、三の次で、パッキャオの出世試合にはメジャータイトルが一つも懸からないことも珍しくありませんでした。

オスカー・デラホーヤ、フロイド・メイウェザーJr.、マニー・パッキャオ、カネロ・アルバレス…4BELT−ERAを代表するスーパースターは一人も完全統一王者になっていません。

今の時代、ファンもスーパースターも完全統一への執着はほとんど無いと言い切って差し支えないでしょう。


さて、今日のテーマ「パッキャオが見た風景」とはそいうことなのです。

「通行手形」としては重宝したアルファベットタイトルも、スーパースターの座を手に入れるとその必要性は下がり、承認団体の方から変なベルトをこしらえて参拝してくるようになります。

「パッキャオが見た風景」のランドスケープは、完全統一王者には目もくれないで、いかに自分の商品価値を上げてメガファイトを繰り広げるか、でした。

一方で、現状の井上が目指しているのはクロフォードやウシクの道です。

意地悪な見方になりますが、バンタム級を完全統一した地点から見える風景は「パッキャオが見た」ものではありません。

それは「クロフォードやウシクらが見た」風景です。