リング誌電子版からのご紹介。

長らくESPNの中心ボクシング記者として活躍したダン・ラファエルが執筆したレポートです。ラファエル、リング誌と契約したんですね。

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******この2ヶ月、MGMグランドの会議室棟を改造した〝完全防疫室〟The Bubbleでのイベントでカットマンをつとめたマイク・ブレイゼルは、水曜日に故郷のサンフランシスコに戻った。

ベイゼルはラスベガスを出発する前に「現実世界に戻れるね」とリング誌に語った。

6月7日にThe Bubble入りしてから7週間、ベイゼルはずっと隔離された世界で毎日を送ってきた。

トップランクがプロモート、ESPNが配信する週2回のイベントで、他のスタッフと共にカットマンとして完全管理された世界で働いていた。

火曜日と木曜日に行われてきた一連のイベントは、8月まで短い夏休みを迎えた。

通常、カットマンはトレーナーと同様に選手ごとに帯同するが、少しでも感染拡大のリスクを減らすために、トップランクがイベントを通してその役割を担うカットマンを雇ったのだ。

費用はトップランクが負担するため、選手は報酬から引かれるカットマンの人件費を支払う必要がない。

トップランクはベイゼルの他にもジェイコブ〝Stich(縫合屋)〟デュラン、ボブ・ウェイアをカットマンとして雇用。ラスベガス在住のデュランとウェイアは週末に自宅に帰っていたが、The Bubbleに戻る前の検査で陽性反応が出てしまうと、規定の期間隔離されることになっていた。

「誰かが残って万一の事態に備えなければならなかった。私は一人暮らしで家族持ちじゃないから、そこまで辛い仕事じゃなかった」(ベイゼル)。

住居はMGMグランドのホテル棟12階。そのフロアは関係者の住居用に借りあげられ、防疫体制が徹底的に整えられていた。

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The Bubble はホテルからほとんど距離はなかったが、横付けされたシャトルバスに乗り、通っていた。

The BUbbleで食事は出来ないから、食事を摂るためにシャトルバスで何度も往復する毎日だった。

ベイゼルら常駐スタッフは日曜日と水曜日の2回検査が義務付けられ、合計13回を数えた。

「私は全ての検査で陰性だったが、いつ陽性反応が出るか、毎日心配でストレスだった」。

「食事は冷凍食品やレトルト、コック達が厨房でワイワイ料理するのは感染リスクが高かったから。でも、そんな当たり前のことがどれほど素晴らしい世界だったのか、この7週間で思い知らされたよ」。

「チーズバーガーやフライドポテト、冷凍じゃない本物のピザ…そんなご馳走が夢の中に何度も出て来るんだけど、食べようと思うと目がさめるんだ」。

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「3月にサンフランシスコのビクター・コンテが経営するSNACジムが一時閉鎖したときは、職場を失い完全に収入が絶たれてしまった」。

57歳になるベテランのカットマンは、これまでもトップランクの興行での誠実な仕事ぶりが評判だった。

1994年からトレーニングコーチとしてボクシング界に入ったベイゼルは、2007年から主にカットマンとして活躍してきた。

コーナーについた有名選手は2009年からの付き合いになるノニト・ドネアの他、ダニエル・ジェイコブス、デメトリアス・アンドラーデ、クリス・アルジェリ、セルゲイ・デレビャンチェンコら枚挙にいとまがない。

ここ数年は、現代を代表する名トレーナー、ロベルト・ガルシアの信任も熱い。

The Bubbleでカットマンという難しい作業をこなせる人材を探していたトップランクのCOO、ブラッド・ジェイコブスに多くの側近がベイゼルを紹介したのは当然の流れだった。

ジェイコブスの面談でも、ベイゼルは「この非常事態で私なら隔離された環境の中に閉じ込められても任務を全うできる」とアピール。即採用決定となった。

現実から隔離された世界で2ヶ月も生活するのは、きっと気が滅入る仕事だろう。しかし、ベイゼルは笑って否定する。

「まずそこは世界で一番感染から遠い、安全な場所だということ。そしてそんな狭いエリアで閉じ込められていると、仲間達への共感が信じられないほどに強まるんだ。その連帯感は気持ちが良いもんさ。宇宙ステーションで生活するパイロットたちと似てるのかもしれない」。

サンフランシスコに帰省中もベイゼルはゆっくり休むわけじゃない。

「日曜日にカリフォルニアで行われるフェザー級のアーノルド・ディノのカットマンを務めるんだ。カリフォルニアの何処だと思う?なんとコロナ市だ!」。

「このパンデミックは悲劇だ。本当に辛い。でも、私たちは歴史になる。私たちが新型コロナとどうやって向き合って、どう戦ったのか、それは歴史の一部になるんだ。今は辛い悲劇でも勇気を持って戦い抜けば、きっと後世では悲劇と語られないだろう」。

「人類の誇りを賭けた戦いに参加した、小さな兵士の一人になれたら嬉しいな」。