今もロクでもないオッさんですが、子供の時分はもっとタチが悪かった私が、ボクシングに野球や陸上競技とは全く違う匂いを嗅ぎつけたのはある意味、当然のことでした。

競技経験がないにもかかわらず、ここまで人(選ばれし人ですな)を惹きつけるスポーツは他にありません。

誰にも怒られたり咎められることなく、思いっきり殴り合えるなんて、ちょっと怖くて、ちょっと最高です。

私の時代では野球は避けては通れませんし、そこで才能を発揮するのは快感でした。

ものすごく嫌な奴ですが、中高が運動レベルが低い学校だったので陸上部をはじめ他の部活でも「最強の助っ人」でした。

中高ではボクシング部なんてありませんでしたし、ボクシングなんて担任の先生やクラスメイトらと「昨日の具志堅、すごかったなあ!」 と盛り上がる程度でしたが…。

当時から、引きこもり癖の激しかった私は図書室でボクシングマガジンを読み耽り「具志堅の他にもすごい世界チャンピオンがいる! 」ことに気づきます。

中学の図書室にはリング誌はもちろん、スポーツ・イラストレイテッドすらもなく、洋雑誌はタイム誌だけでしたが、美しい写真とともに紹介されるモハメド・アリの蠱惑に悶絶しそうになりました。

今以上に、英語は不得意で何が書いてあるのか全くわかりませんでしたが、アメリカでアリがものすごく大きな存在で、とにかく尊敬されていることはよくわかりました。

当時、「イレブンPM」という子供が見てはいけないエッチな番組があって、どういうわけだか「アリvsレオン・スピンクス戦」を放送する日がありました。

ワクワクしながら見ましたが…具志堅の試合とは違う鈍重で、KOの緊張感がないダルな試合に「これがあのタイム誌が絶賛(してたと感じた)アリなのか?」と戸惑ったことをよく覚えています。

テレビは居間にしかなく、イレブンPMを見たいという私に母親は「寝ろ」と怒りましたが、父親は「アリの試合か?」と聞くと見せてくれました。

私の家庭はスポーツとは無縁で、父親の口から「アリ」が出たのは驚きで、やっぱり凄いボクサーなんだと思いましたが…。

また、前置きが長くなりました。

ボクシングマガジンと出会ったのも、小学校を卒業したか、中学生になりたてか、そんな時期でした。

ベースボールマガジンや陸上競技マガジンなど他の専門誌と決定的に違うのは「世界の情報が中心」ということでした。

これは、カルチャーショックでした。

私のアリ初体験はスピンクス戦という最悪のタイミングでしたが、シュガー・レイ・レナードやロベルト・デュラン、トーマス・ハーンズ、マービン・ハグラーらが放つ強力すぎるオーラに、いたいけな?中学生は「ここに本物の世界がある!」と簡単に惹き込まれてしまいました。

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スポーツしかできない(それも中途半端に)、そして半端なく勉強はできない…そんな自分の将来はどうなるんだろうという不安がないわけありません。

ボクシングマガジンのジム広告は、私にとってキラキラした未来でした。

「就職斡旋」「合宿完備」でボクシングの練習もできる…。

自分にボクシングの才能がないことは、いろいろと心当たりがありましたが、行く高校がなかったら東京のジムにお世話になろうと漠然と思っていました。

この写真は70年代後半から80年代初頭のボクマガの広告で、大人になってから古本屋などで購入したものです。

こういう広告を一字一句読み込んでいた、中学生時代。もう何十年も前のことなのに、はっきり記憶してるんです。

「三迫」を「さんはく」と思ってたこと。設立10年で多くのチャンピオンを生み出していること…。

大手っぽくて就職も合宿も面倒見てくれるということで、三迫ジムのある「板橋区」が私にとっての東京のシンボルでした。 



もう一度、人生をやり直せるなら、ボクシング部のある高校に進学したいなあ。

家にいる時間が長くなると、後ろ向きになりがちです…。

次回は、もっと未来の話を書きますね。…多分。

中学時代に遊んでもらったボクシングジムは合宿も就職も面倒見てくれない普通の田舎ジムで、高校生の先輩もいましたが「お前は野球してろ」と言われるばかりでした。