ボクシングで、誰の目からも納得出来る採点なんて出来るのか?

100年以上もこのスポーツに取り憑いて離れない問題です。簡単に解決出来るわけがありません。

カネロ・アルバレスとゲンナディ・ゴロフキンの第3戦が9月にAT&Tスタジアム(前カウボーイ・スタジアム)で開催されることで基本合意されました。

DAZNとカネロの間に報酬面で妥協できていないという噂もありますが、この試合をするために2人と大型契約を結んだだけに、このあと交渉決裂する心配はないでしょう。

カネロvsGGG。過去2戦ともに、採点の問題が噴出しました。 

誰もがGGGの勝利を確信した初戦。カネロを118−110で支持したアダレイド・バードは論外としても、日本のボクシングファンには「僅差だがGGGこそ勝利にふさわしい」(ESPN:ダン・ラファエル)という米国メディアの採点には戸惑いを覚えたはずです。

「またラスベガスでカネロ・ジャッジが作動した」(ボクシングニューズ24)のような見方もありましたが、リング誌も115−113とGGGの勝利はわずか1ラウンド差だったと見ています。

あの試合のどこが僅差なんだ? 

互いに手を出しながらも決定打がないラウンド。日本なら単なる突進でも前に出ているボクサーを評価します。そして、ボクシングが格闘技である限り、その見方は正しいはずです。

しかし、ラスベガスではジャブを出しながら下がるボクサーを評価すると言われています。これなら百歩譲って納得できますが、ジャブすらつかずに下がるボクサーが評価されることも普通にあります。

あの砂漠の街は、ジャッジの脳みそまで乾燥させてしまうのかもしれません。

三連休の初日、春分の日にお届けするのはESPNから「ボクシングのスコアリグについて」です。

私見も交えています。


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【オープンスコアリングは是か非か?】

ダン・ラファエル:絶対に反対、これから先もその姿勢は変わりようがない。

WBCがサービスとして始め、日本など一部の地域では「ルール」として完全導入しているが、米国では認めていない。これは正しい判断だ。

途中採点を知ることで、選手が作戦変更することはあってはいけない。

かつてシェーン・モズリーも「8ラウンドの採点発表でリードしていたら、残りの4ラウンドの戦い方は明らかに変わる。試合の3分の1が価値のないものになってしまう」とオープンスコアリングに疑義を呈していた。

スティーブ・キム:全く賛同できない。

マーク・ジョンソンは1999年、空位のIBFジュニアバンタム級タイトルをラタナチャイ・ソーウォラピンと争って精力的に動いて素晴らしいボクシング教室を披露したが、この試合で実験的な公開採点が取り入れられていた。

8ラウンド終了のアナウンスで大量リードを聞いたジョンソンは、残りの4ラウンドを時計の針を進めることだけに注力してしまう。

「危険を冒す必要が一切ないことを知ったらだれでもあの戦い方になる」(ジョンソン)。

見ているファンも、途中採点を聞いて試合の興味が削がれることはあっても、ワクワクすることはない。

「ジャッジの傾向を知らずに試合終了のコールを聞いて選手が後悔することを減らしたい」というなら、採点公開のタイミングは3ラウンドと6ラウンドにすべき。

それでも、反対だけど。


+++2人が反対するように、プロボクシングがファンを喜ばせるエンタテインメントである限り、それを阻害する可能性は極力排除すべきです。

さらに、ジャッジは教育や研修制度が充実しておらず、自分の採点に不安を持っているケースもすくなくありません。正確な採点眼を持っている優秀なジャッジでも、他のジャッジの採点を知ることで、不要のバイアスがかかります。

私も公開採点は反対ですが、キムの「3、6ラウンド」は現行の「4、8」よりもマシかもしれません。



【ジャッジ3人は少ない?】

ダン:ジャッジを増やしても問題解決にならない。今以上に混乱した採点、議論を呼ぶ採点が噴出してしまうだろう。

現行の3人制はそれぞれが別のサイドから試合を採点するが、例えば5人制にするならどこに配置するのだ?

量が質を補うことはない。それよりもジャッジの研修や勉強会の機会を劇的に増やして教育体制を充実・持続させることが大切。


キム:絶対に反対。より混乱を深めるだけ。

ジャッジの数を増やせばより公平な採点につながると考える人もいるが、問題は数ではなく能力の低いジャッジが普通に採点席に座っていること。

教育体制を充実させて、明らかにおかしな採点をしたジャッジは排除すべき。


+++これは、難しいですね。私はお二人のように「断固反対」じゃないです。

元レフェリーでジャッジもつとめていたジョー・コルテスの「Elevate the judges」の提案は面白いと思います。ジャッジを高く上げろ。つまり、テニスのチェアアンパイアのように、高椅子に座ってジャッジするというアイデアです。

現在のジャッジの位置からは死角が多すぎるというもので、高椅子が観客の邪魔になるなどの問題が解消できたら実験導入はありだと思いますが…。

さらに、ダウンかスリップかなどの微妙な場面はVARで修正はありだと思います。現行ではスリップだったのにダウンと宣告されると10−8が覆りません。




【レフェリーも「第四の男」として採点に参加すべき?】

ダン:英国ではレフェリーだけが採点する時代もあったが、このスタイルが良いとは思えない。

レフェリーは選手を守ること、ルールを徹底することに集中すべき。それ以外のことを考えながら、試合をさばくべきではない。

この問題についてレフェリーと話す機会もあるが、採点に参加すべきという意見は誰からも出ていない。


キム:レフェリーはリングの中で「第三の男」に徹すべき。

選手にルールを遵守させ、試合を円滑に進めること。そして、選手の安全を優先すること。それ以外の仕事をレフェリーにさせるべきではない。


+++何も言うことありません。


【リプレー録画を判断の材料にすべきか?】

ダン:ネバダ州ですでに取り入れられているように、録画は活用すべき。リプレーを見たオフィシャルがすぐにレフェリーに「事実」を伝えている。

ダウンかスリップか。カットはパンチのよるものか、それともバッティングなのか。ノックダウンのパンチはゴングの前か後か。

そういうケースはリプレー録画で判断すべきだ。

ただし、録画判定で試合が止まったり、遅れてしまうことはあってはいけない。

野球やフットボールと違い、エキストラタイムはどちらかの選手に有利に休息を与えかねず、録画の精査に時間はかけるべきではない。

ボクシングにおけるビデオ判定に許される時間は、ラウンド間の60秒だけだ。


キム:簡単なこと。リプレーで検証すべきは、ダウンがパンチかスリップか。カットはパンチかヘッドバットか。ヘッドバットは偶然か故意か。有効打かローブロウか。

ただし、リプレーが試合の自然な流れに反する懸念は常に存在する。


+++ここで出てきちゃいましたVAR。

大方は賛成ですが、キムの指摘する「自然な流れ」への懸念はありますね。例えば、アンドレ・ウォードvsセルゲイ・コバレフの第2戦。コバレフはローブロウで倒されましたが、あの試合を「無効試合」にしてしまうのは問題です。

話は飛躍しますが、VARの前ではディエゴ・マラドーナの「神の手」もあっさりハンド判定です。「神の手」は神のままでいて欲しいのですが…。



【パンチスタッツも採点の中に組み込むべきか?】

ダン:パンチスタッツが必ずしも試合の実態を表さないのは周知の事実。
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もちろん、パッキャオvsホーンのような「単なる突進を最も評価する」明らかに間違ったジャッジが下された試合では、スタッツが採点したほうが良いが…。

リードをジャブ、後ろの手をパワーパンチと人間がテレビモニターを見ながらボタンを押してカウントするスタッツでは、本当に強力で効果的な小さな左フックを読み取ることはできない。

ボクシングは野球やバスケットボールと違い、スタッツが意味を持たないスポーツ。100本のシングルヒットが一発の本塁打で精算されてしまうスポーツだ。

スタッツをカウントする仕事人の技術には尊敬しかないが、彼らはパンチを数えているに過ぎない。パンチの質を精査しているわけではないのだ。


キム:ありえない。パンチスタッツは試合を振り返り、試合の実態を概観するには有効だが、その材料以上の使い道はない。

スタッツはパンチ数しか表さない。実際の勝負を分けるのはパンチの質。

「私たちの仕事はたくさんパンチを打つことじゃない。効果的なダメージを相手に与えること」。シュガー・レイ・ロビンソンの言葉が全て。


+++スタッツを採点の材料に取り入れるべきという意見は根強いですが、やはりありえないです。

こんなものを採点材料にしてしまうと、今以上にタッチボクシングが隆盛するだけです。




【ジャッジの質を向上させることは可能か?】

ダン:可能だ。やるしかない。トレーニングに尽きる。

業界の体質がぬるま湯すぎる。おかしな採点をしたジャッジが翌週のビッグファイトでもジャッジ席に座ってるなんてことがまかり通っている。

どうして私たち以外は声を上げない?

もちろん、ボクシングの採点はきわめて主観的なものだ。それでも「相手に与えたダメージで測る有効打」「有効打につながる攻勢」「相手の攻撃を無力化し攻撃に繋げる防御」…採点基準は明らかだ。


キム:常軌を逸した採点をしてもまた翌週のジャッジをする。そんなことが繰り返されているうちは、ジャッジの質は向上しない。

これはジャッジの問題ではない。ジャッジだって何のお咎めもなければ、改善しようがない。

他のスポーツではジャッジの教育は厳格で継続的だ。格付けまでされ、解雇されることもある。そしてジャッジを希望する若者たちを積極的に受け入れて、厳しい研修と教育でふるいにかけている。

ボクシングのジャッジには教育も研修も若者への門戸開放もない。ジャッジにも競争を持ち込むことだ。

+++GGGvsカネロの第1戦で世界中の誰が見ても間違った採点をしたバードが、3ヶ月後に日本で二つの世界タイトルマッチのジャッジ席に着いたことは日本のファンはもっとNOと声を上げるべきでしたが…。

不可解な採点をなくす最も効果的な方法はジャッジの質を高めることです。一番簡単に見えますが、これが非常に難しいというのが、ボクシング界が魑魅魍魎である所以のひとつです。