今さら、米国のアメリカ・ファーストを指摘するのも何だかなあ、な話ですが…。
スポーツイラストレイテッド誌の年間最高選手賞「スポーツマン・オブ・ザ・イヤー」が米国女子サッカー選手ミーガン・ラピノーに決定しました。
正確には Sports 「Man」 of The Year ではなく、Sports 「Person」 of The Year です。
男女平等・同権の意識がこんなところでも徹底されています。
女子アスリートの受賞は1972年ビリー・ジーン・キング(日本では「キング夫人」の方が通りが良いですね)、1976年クリス・エバート のプロテニスプレイヤーに1999年米国女子サッカー代表チーム、2011年パット・サミット(女子大学バスケ監督)、2015年セリーナ・ウィリアムス(プロテニス)に続く6度目。
米国では女子サッカーは男子をはるかに凌ぐ人気を博しています。その代表チームの中心選手ラピノーの受賞は、予想でも一番人気でした。
日本代表が感動的な優勝を果たした2011年ドイツW杯にも中心選手として出場、準々決勝のブラジル戦の延長戦後半ロスタイム2分で演じた美しいアシストはESPNが全スポーツの中で年間最高プレーに選出していました。
もし、澤穂希が米国人だったら2011年に Sports Person of The Year を獲得していましたね。
米国であれだけメジャーな女子サッカーで、非常に危険なチームであり続けている日本代表ですが、わが国では全く盛り上がりません。
ロンダ・ラウジーよりも強かった谷本歩実がUFCに挑戦していたら、日本の格闘技界の地図は全く違うものになっていたかもしれません。
「米国でメジャーなものはレベルが高くて日本人には無理」 なんて発想は、愚かな自虐です。
それにしても Sports Person of The Year は、かつては「その年の世界最高のスポーツ選手」に贈られるものとも考えられていました。
そもそも1954年の第1回が英国のロジャー・バニスター(人類初のマイル4分切りに成功した中距離ランナー)でした。
もし、ウサイン・ボルトが50年代のトラックを疾走していたらSports Person of The Year に輝いていたでしょう。
1959年はスウェーデンのインゲマル・ヨハンソン。米国のフロイド・パターソンをノックアウトして世界ヘビー級のチャンピオンベルトを初めて北欧にもたらした〝雷神〟です。
もし、ウラジミール・クリチコがこの時代に生きていたら、Sports Person of The Year 間違いなしでしたが…。
最近では2017年にベネズエラ人のホセ・アルトューベが受賞していますが、ご存知の通り彼はMLBの選手です。
たった一人の活躍でMLBの規格に6つ目のポジションTwo-way Players を創造する「革命者」大谷翔平も、この賞を受賞していた可能性大です。
ボルトが世界のスポーツシーンに電撃を走らせ、マニー・パッキャオが鬼神のパフォーマンスを披露した2009年に、Sports Person of The Year に輝いたのはNYヤンキースのデレク・ジーター。その成績は、打率.334、本塁打18本でした。
陸上競技やボクシング界からは「なぜだ?」という声も上がりましたが、トランプが大統領になるずっと以前から America First の色彩がスポーツ界でもその濃度を高めていたということです。
そのうち、日本人投手には外人枠なんてのも出来るかもしれません。
ボクサーで Sports Person of The Year に選ばれたのは前述のヨハンソンにモハメド・アリ(1974年)、シュガー・レイ・レナード(1981年)の3人だけで、レナードから40年近くの歳月が経ってしまいました。
米国でのボクシングのステイタスが雪崩式に没落している現状では仕方がないことです。
ラピノー(左)、バニスター(右上)、そして我らの唯一神・アリ。スポイラの素晴らしさは記事のクオリティだけでなく、俯瞰的な視界とあらゆるスポーツ、国境に対するボーダレスな寛容さでしたが…。
ちなみに、ハンマーを持ったラピノーがカバーする今週号のスポイラの「YEAR IN PICTURES(今年の一枚)」で、ボクシングが取り上げられたのは「ゲンナディ・ゴロフキンvsセルゲイ・デレビャンチェンコ。確かにいい試合でしたが、これが今年のボクシングを象徴する一枚ですか?
記事のクオリティが高いのはさすがですが、偏向する一方のスポイラには少しがっかりです。
まあ、日本のスポーツメディアはもっと酷いとはいえ、米国に期待するのは大らかさ、寛容なんですが…もうスポーツですらそんな時代ではなくなったということでしょうか。
スポーツイラストレイテッド誌の年間最高選手賞「スポーツマン・オブ・ザ・イヤー」が米国女子サッカー選手ミーガン・ラピノーに決定しました。
正確には Sports 「Man」 of The Year ではなく、Sports 「Person」 of The Year です。
男女平等・同権の意識がこんなところでも徹底されています。
女子アスリートの受賞は1972年ビリー・ジーン・キング(日本では「キング夫人」の方が通りが良いですね)、1976年クリス・エバート のプロテニスプレイヤーに1999年米国女子サッカー代表チーム、2011年パット・サミット(女子大学バスケ監督)、2015年セリーナ・ウィリアムス(プロテニス)に続く6度目。
米国では女子サッカーは男子をはるかに凌ぐ人気を博しています。その代表チームの中心選手ラピノーの受賞は、予想でも一番人気でした。
日本代表が感動的な優勝を果たした2011年ドイツW杯にも中心選手として出場、準々決勝のブラジル戦の延長戦後半ロスタイム2分で演じた美しいアシストはESPNが全スポーツの中で年間最高プレーに選出していました。
もし、澤穂希が米国人だったら2011年に Sports Person of The Year を獲得していましたね。
米国であれだけメジャーな女子サッカーで、非常に危険なチームであり続けている日本代表ですが、わが国では全く盛り上がりません。
ロンダ・ラウジーよりも強かった谷本歩実がUFCに挑戦していたら、日本の格闘技界の地図は全く違うものになっていたかもしれません。
「米国でメジャーなものはレベルが高くて日本人には無理」 なんて発想は、愚かな自虐です。
それにしても Sports Person of The Year は、かつては「その年の世界最高のスポーツ選手」に贈られるものとも考えられていました。
そもそも1954年の第1回が英国のロジャー・バニスター(人類初のマイル4分切りに成功した中距離ランナー)でした。
もし、ウサイン・ボルトが50年代のトラックを疾走していたらSports Person of The Year に輝いていたでしょう。
1959年はスウェーデンのインゲマル・ヨハンソン。米国のフロイド・パターソンをノックアウトして世界ヘビー級のチャンピオンベルトを初めて北欧にもたらした〝雷神〟です。
もし、ウラジミール・クリチコがこの時代に生きていたら、Sports Person of The Year 間違いなしでしたが…。
最近では2017年にベネズエラ人のホセ・アルトューベが受賞していますが、ご存知の通り彼はMLBの選手です。
たった一人の活躍でMLBの規格に6つ目のポジションTwo-way Players を創造する「革命者」大谷翔平も、この賞を受賞していた可能性大です。
ボルトが世界のスポーツシーンに電撃を走らせ、マニー・パッキャオが鬼神のパフォーマンスを披露した2009年に、Sports Person of The Year に輝いたのはNYヤンキースのデレク・ジーター。その成績は、打率.334、本塁打18本でした。
陸上競技やボクシング界からは「なぜだ?」という声も上がりましたが、トランプが大統領になるずっと以前から America First の色彩がスポーツ界でもその濃度を高めていたということです。
そのうち、日本人投手には外人枠なんてのも出来るかもしれません。
ボクサーで Sports Person of The Year に選ばれたのは前述のヨハンソンにモハメド・アリ(1974年)、シュガー・レイ・レナード(1981年)の3人だけで、レナードから40年近くの歳月が経ってしまいました。
米国でのボクシングのステイタスが雪崩式に没落している現状では仕方がないことです。
ラピノー(左)、バニスター(右上)、そして我らの唯一神・アリ。スポイラの素晴らしさは記事のクオリティだけでなく、俯瞰的な視界とあらゆるスポーツ、国境に対するボーダレスな寛容さでしたが…。
ちなみに、ハンマーを持ったラピノーがカバーする今週号のスポイラの「YEAR IN PICTURES(今年の一枚)」で、ボクシングが取り上げられたのは「ゲンナディ・ゴロフキンvsセルゲイ・デレビャンチェンコ。確かにいい試合でしたが、これが今年のボクシングを象徴する一枚ですか?
記事のクオリティが高いのはさすがですが、偏向する一方のスポイラには少しがっかりです。
まあ、日本のスポーツメディアはもっと酷いとはいえ、米国に期待するのは大らかさ、寛容なんですが…もうスポーツですらそんな時代ではなくなったということでしょうか。


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フシ穴の眼
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