>ちょっと内容とズレますけど、制限されたルールで戦うから面白いと思います。ボクシングに限らず、グレコや競歩など何でもです。

 GGG 2019年12月02日 10:09 


ご指摘のグレコローマンは「下半身を攻防につかってはいけない」という制限があり、競歩も「走ってはいけない」というルールに縛られています。


そして、どちらも〝様式美〟を追求したスポーツです。

「手を使ってはいけない」サッカーは、ドリブル時などでよりグランドに近い視野が確保される身長の低い選手にも活躍の可能性が十分にあります。

もちろん、長身選手も空中戦やキーパーとして大きなアドバンテージを得ることができます。

サッカーが世界的に飛び抜けて人気の高いスポーツになりえたのはそのわかりやすいルールだけではなく、どんな体型にも開放された広い門戸もその理由の一端でしょう。


そして、ボクシングも「二つの拳、それもナックルパートだけを使って戦う」のがルールです。


確かに、二つの拳しか使えない制限がより自由な発想にあふれた宇宙を提供してくれていることは間違いありません。




>もしボクシングに階級という概念がなかったら技術的な進歩が今より遅れて大味でつまらなくてテレビ中継もされないマイナー以下の何かになっていたと思います。


現代ボクシングの先駆者と言われたシュガー・レイ・ロビンソンのように、ボクシングの教科書と称されたリカルド・ロペスのように、マイク・タイソンのスタイルに影響を与えたファイティング原田のように、ヘビー級ではない偉大な男達が磨いた技術が継承されていくからこそ、全体のレベルが底上げされて見応えのあるスポーツとして成り立っていることを忘れてはいけないと僕は思うのです。

ろまふきん 2019年12月02日 17:12

 

では…大相撲にも階級があれば、さらに奥深い世界が広がっていたでしょうか?

「大相撲・軽量級で炎鵬が朝青龍と白鵬が持つ7場所連続優勝記録を8に更新!」…そんなニュースに沸き立つ未来が待っていたら?

炎鵬の相撲には重量級にないスピードとヒラメキ、工夫が散りばめられているのは確かですが…。


相撲に階級制が導入されると、軽量級で待望の日本人横綱が続々と誕生するでしょう…めでたしめでたし?


大相撲はルール化されていない〝横綱の品格〟など曖昧な様式美が求められる、スポーツというよりも伝統芸能に近い世界で、どんなに大型化が進もうが階級制を取り入れるような優柔も不断もありません。

ああ、そういえば、この話は平昌五輪のフギュアスケートなどで書きかけでしたね…。

「強さとは何か?」。

もしかしたら、その答えが「強さ」と対極にあるようにしか見えない「様式美」にあるとしたら…? 

「アクターズ・スタジオのメソッドよりも、歌舞伎や能の伝統芸能の中にこそ演技の本質がある」というのは、あながち否定することはできない真理です。

ボクシングのPFPは妄想ですが、あれこそ「様式美」の究極でしょう。

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PFPの尺度は「本当に強いかどうか」ではなく「本当に強く見えるかどうか」です。

「PFPを考えるときに最も敬遠されるのは強くないボクサーではなく、美しくないボクサー」(バート・シュガー)なのです。

レオ・サンタクルスはPFP10傑に数えられたこともありましたが、あのスタイルでは1位になるにはロマチェンコやクロフォードと同じことをやっても無理です。

アンディ・ルイスJr.がヘビー級を完全統一したらPFP入りでしょうが、あの体型では1位の座はやはりカネロや井上と同じことをやっていては遥かに遠いと言わざるをえません。

それにしても、様式美とはなんと厄介なものでしょうか。

「強さ」が教科書の延長にあるわけがなく、サンタクルスやルイスJr.のような「異質」こそが「強さ」であるにもかかわらず、ボクシング界はもちろんスポーツ界、それどころかあらゆる世界で「異端」は公平な評価を得られないままです。

「強さ」とは何なのか?

減量という卑屈なアプローチを取る小さなボクサーでも誰もが認める「様式美」が認められたなら、それはすなわち「強さ」なのでしょうか?

パックメイのようにヘビー級では戦えない小さな肉体でも、減量という卑屈におもねることなく、人気クラスに殴り込む「才能」が「強さ」なのでしょうか?

しかし「様式美」や「才能」がどんなに偉そうな御託を並べても、ヘビー級のリアルを前にしては、脳内対決以外では勝ち目はありません。

それならば…究極の強さとは「様式美」と「才能」が結晶したヘビー級なのでしょうか?

「それこそがモハメド・アリだ」というのは一つの考え方ですが、ここで俎上にあげたいのは「唯物的な強さが本当の強さか?」ということです。

白兵戦で有効な格闘技を熟知し、相手の動脈を噛み切る術を習得した兵士が最も「唯物的に最も強い」というのは当然です。

ただ、それが「本当の強さ」であるなら、私たちが見ているボクサーはもちろんMMAファイターも最強ではありません。

彼らは目潰しや急所攻撃どころか、動脈嚙み切りの技術ですらど素人で手首や足首、首のガードもザルディフェンスなのですから。

「本当の強さ」とは何か?

ルールや階級に保護された「本当の強さ」など存在するのでしょうか?

「本当の強さ」。それは、脳内にしかない幻想に過ぎないのでしょうか?