優れたボクサーは凡庸な大きなボクサーに駆逐される。

一度失った王座は2度と取り戻すことは出来ない。

サウスポーは世界王者になれない。

…ボクシング史に刻まれてきたジンクスの多くはヘビー級にまつわるものでした。 

今ではそのほとんどが覆されています。

優れたロイ・ジョーンズは、凡庸(低能?)なジョン・ルイスをやすやすと攻略し、イベンダー・ホリフィールドは4度も王座に返り咲き、サウスポーのマイケル・モーラーもヘビー級王座を2度も獲得しました。

腐敗したボクシング界は格言やジンクスまでも、簡単に腐食させてしまうようです。

クイーンズベリールール制定から150年を超えるボクシングの歴史で、下の階級で王者になった者がヘビー級を制した例はわずか6サンプルしかありません。

Undisputed Champion に限定するとその数はわずか2。150年でわずか2例しか観測されていないのです。
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金星が太陽の前を通過する「金星の太陽面通過」は約80年一度の天体現象ですが、この152年で4度起きています。

下の階級からヘビー級を制覇。

それは「金星の太陽面通過」よりも遥かに珍しい超常現象なのです。

奇蹟に等しい数字です。 


Sample № ①【観測年:1897年】 英雄の名前は ボブ・フィッツモンズ

1863年に英国で生まれたフィッツモンズは10歳の時にニュージーランドに移住、そこでボクシングに親しみます。

1883年に当時は英国と米国に並んでボクシングが盛んだったオーストラリアへ移住。1891年、米国遠征でノンパレル(天下無双)・ジャック・デンプシー(ヘビー級のジャックはノンパレルに憧れてその名を受け継いだ別人)をKO、世界ミドル級チャンピオンになりました。

「私が世界最強。ヘビー級が一番強いというならやってやる」とジェームス・J・コーベットを挑発。コーベットが後継者に指名していたピーター・メイハーを予告通りに1ラウンドで粉砕すると、コーベットをネバダ州カーソンシティの特設リングに引っ張り上げます。

1897年、Undisputed Championミドル級王者 としてUndisputed Championヘビー級王者ジェームス・J・コーベットに挑戦。

オーストラリアでは鍛冶屋を生業とし、頑健な肉体を持つフィッツモンズのボクシングはベアナックルの香り漂う剛腕を振るうブルファイター。
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〝ベアナックル・キラー〟コーベットには分が悪いと見られていた通り「近代ボクシングの父」のヒット&ランに苦戦しますが「ボクシングは殴り合いだ」という哲学を貫徹。

いくらクリーンヒットしても笑いながら向かってくるフィッツモンズに元銀行員は心身ともに削られていきます。 

10ラウンドを過ぎるとコーベットは完全に戦意喪失、14ラウンドに有名な "solar plexus" punchをコーベットのみぞおちに炸裂させてゲームオーバー。

悶絶しながらも必死に立ち上がろうとロープを掴むも、何度も転がってしまうコーベットを笑いながら見下ろすフィッツモンズに下の階級から上がってきたひ弱さなど全くありませんでした。

この試合の計量ではフィッツモンズが166ポンド(75.6kg)、コーベット182ポンド(83.0kg)。現在ならフィッツモンズはスーパーミドル(168)、フィッツモンズはクルーザー(200)よりもライトヘビー(175)に近い〝計量〟でした。

フィッツモンズには「100年以上前だから」「今ならミドル級でも通用しない」という揶揄が蒙昧なファンから間歇的にわいています。 

それは大間違いです。「私が世界最強。ヘビー級が一番強いというならやってやる」。その気概があるボクサーこそが最強です。

タイムマシンで現在にフィッツモンズを送り込んだら、やはり彼はこう語るでしょう。「私が世界最強。21世紀のヘビー級が一番強いというならやってやろうじゃないか」。