ラグビーワールドカップ日本。

面白いです。無差別級でぶつかり合う肉弾戦、確かに最も格闘技に近い球技です。

ボクシングファンとして、非常に印象的なシーンをサモア戦で観ました。

前半終了間際、サモア選手がHIAで退出したのです。

この「HIAによる退出」は他の試合でも何度か見られました。

国際統括団体ワールドラグビー(WR)が開幕前に選手の安全管理を徹底すると宣言。

これまでより危険なタックルへの監視を強化して判定するとともに、脳震盪の疑いのある選手を一時退出させ、医師が、試合を続けられるか確認するHIA(ヘッド・インジュリー・アセスメント)が実施されているのです。

肉弾がぶつかり合うラグビーやアメフトは、選手の健康に大きな被害、ときには深刻な後遺症までもたらす脳震盪について真摯に向き合っています。

比較的安全に思える野球でもMLBにならってコリジョンルールが作られました。 

NFLでは選手会の働きかけで、後遺症に苦しむ元選手への救済措置や、現役選手の脳震盪の防止のために試行錯誤を続けています。

外傷や出血防止のためには優れているヘルメットが、脳震盪には大きな効果が期待できないことを突き止め、その改良に乗り出したり、フィールドにより多くのカメラを設置して危険なタックルやドクターチェックが必要な選手を速やかに発見するように努めているのです。

NFLは、最も脳震盪の危険に晒されているスポーツであるボクシングからも学ぼうと、ネバダ州をはじめボクサーの健康データが豊富にある統括コミッションから情報収集まで行ってきました。
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「誰がデイビー・ムーアを殺したのか?」。ボブ・ディランの吟遊にはボクシングの抱える矛盾が全て炙り出されています。偉大なノーベル賞作家が悲しい歌を詠まないで済む、そんなボクシングの世界がいつか築けるのでしょうか。

ボクシングでも安全対策は行ってきました。

ロープを3本から4本に。12ラウンド制を実施。グローブの大型化  早めのレフェリーストップ 。

しかし、それはリング禍を契機に場当たり的に行われてきた断片的・突発的な泥縄処方で、具体的な目的に対する一貫した取り組みとは言えません。

NFLは脳震盪を起こす原因について、衝撃度の大きさよりも衝撃の回数や衝撃を受けた部所の方が重大であることも、ボクシングから学びました。

すなわち「ボクシングでは安全対策のためにグローブを大型化したが、それはパンチの衝撃度を軽減することには役立っても、脳震盪の防止には大きな効果を果たしていない」ということです。

衝撃が軽減することで軽いグローブなら倒されていたパンチでも我慢できてしまう〝低温火傷〟が、脳震盪を最も起こしやすいということです。

この低温火傷の理屈に、米国ボクシング界はなんと1920年代に気付いていたことが、ネバダ州やカリフォルニア州に残された資料からわかっています。

選手への健康・安全意識が希薄だった時代だけに、こうした貴重なデータがフィードバックされなかったのは仕方がありません。

選手の地位が飛躍的に向上し、強力な選手会を持つNFL選手と、選手会はもちろんのこと世界的な統括団体すら存在しないボクシングは単純比較は出来ません。

没落する米国ボクシングを象徴するヘビー級で、かつて救世主と期待されたセス・ミッチェルは大学時代にアメフトのスター選手でしたが、怪我のためボクシングを選びました。

ミッチェルは「NFLの手厚い福利厚生は知っているが未練はない」と明言していましたが、心中を察すると複雑です。

ボクシングという競技の性質上 、脳震盪のドクターチェックを試合中も頻繁に行うことなど不可能です。

そもそも、ボクシングは対戦相手をノックアウトすること、つまりは脳震盪を起こすことを意図的にやりあうスポーツです。

脳震盪を起こして相手がピクリとも動けないKO劇を演出するボクサーが賞賛されるスポーツ、それがボクシングです。 

大きな怪我や後遺症、ときには死に至ることもある確率はボクシングよりも登山などの方がはるかに高いとはいえ、自然の山に人間が挑むのと、故意に脳震盪を狙って拳を振るい合うボクシングとでは危険度や確率以前に深い問題が横たわっています。

ラグビーや他のスポーツを見てあらためて感じるのは、やはり選手をしっかり俯瞰できる立場で管理する世界的な統括団体が必要だということです。

このスポーツの成り立ちからして、いわゆる「1団体」時代ですら世界的な統括団体は存在しませんでした。

もし、FIFAのように精密に管理ができれば、不要な階級は廃止され、世界ランキングはリング誌やESPNのような多くの人が普通に納得できるものになり、世界に一人しか存在しない世界王者の地位は飛躍的に上がるでしょう。

日本や米国で再びボクシングがメジャースポーツに数えらる日は訪れなくとも、まともなスポーツ産業として成立するはずです。

選手の健康管理も一元的に実施することができるでしょうし、リング禍に見舞われた選手を救済する制度や資金も用意できるでしょう。

そうなると、他のスポーツ同様に日本人の世界チャンピオンはめったやたらに生まれなくなります。正常なランキングでは強豪しか王者に挑戦出来ませんし、その王者も当たり前ですが階級最強です。

しかも団体の数が一本化、階級も激減するので防衛回数や複数階級制覇も至難の業となります。

「そこ」が正常であることを忘れてはなりませんが、現在の状況が劇的に改善されることがありえない以上は、この怪しい雰囲気を楽しむしかないのかもしれません。

ただ、選手の健康・安全管理については危険なスポーツだからこそ、なんとか出来ないものか…。

対立宗教のようにいがみ合う大手プロモーターや主要4団体だけでも世界戦で収益の5%以上(軽量級の小さな興行では5%、ウェルター級のメガファイトなら20%なら累進的に)をプロモートや承認団体を超えて不幸な事故に遭った選手を支援するための基金ができないかとも思ってしまいます。

現状ではプロモーターが元参加の選手を生活援助したり、マニー・パッキャオがリングで死亡したり大きな後遺症に苦しんだりしているフィリピン選手に充てる基金を創設、ロイ・ジョーンズも「ジェラルド・マクラレン基金」を募っています。

しかし、個人がやることは局地的で限界があります。

承認団体が10になっても20になってもいいから、階級が暗記できないくらいに増えてもいいです。ここまで来たら毒喰らわば皿までの心境です。しかし、選手の健康・安全への補償が何もない現状には深い憂いしかありません。