「リング誌から」のシリーズ物、現在連載中のものです。
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ボクシングは長い歴史を持つ、世界的なスポーツです。
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ボクシングは長い歴史を持つ、世界的なスポーツです。
つまり、どんな国にも大きな業績を残したボクサーが1人や2人はいるものです。
リング誌はボクシングと結びつきの強い20の国から、母国を代表する偉大なボクサーを独自に決定しました。
どの国を選ぶかには苦心しました。その国から一人しか選ばないことには心苦しくてたまりませんでした。
アルファベット順に発表してゆきます。
Argentina
カルロス・モンソン:1942年8月7日、アルゼンチン・サンタフェ生まれ。1995年1月8日没。享年52歳。

現役は1963〜1977年に渡る14年。87勝59KO3敗9分。
主な獲得タイトル=議論する余地の無い世界ミドル級チャンピオン。在位は1970〜1977年の7年間に及びました。
誰に勝ったのか…ベニー・ブリスコ、エミール・グリフィス(2勝)、ホセ・ナポレス、ロドリゴ・バルデス(2時)、ニノ・ベンベヌチ(2勝)。
モンソンはリングの中でも外でも、破天荒な男でした。そして、悲劇的な最期を迎えてしまいます。
“Escopeta ”(ショットガン)と形容されたアルゼンチーナは、欠点を探すのが難しい稀有なファイターでした。
リーチ190㎝の長距離砲で、速くてとにかく強いパンチを打ち込むことが出来ました。そして、リングの中では尋常でない狡猾さも持っていたのです。
しかしその強さは、誰にでもすぐわかる種類のものではありません。多くの優れたものがそうであるように、モンソンもまた素人目にはその強さが理解できなかったのでした。
デビューから20ヶ月で3つも敗北を喫したことも、モンソンを駄馬だと決めつけてしまった理由かもしれません。
そして、多くのボクシングファンがモンソンの強さに気づき、 驚愕し、彼がグローブを吊るしたときに思い至るのです。
「モンソンはデビューから20ヶ月の間で3つも敗北したが、あれから引退まで一度も負けなかったのか …」。
そして、負けた三人にはきっちり借りを返しています。
ブラジルで何度か戦った他は、ずっとアルゼンチンに引きこもっていたモンソンは1970年、WBA/WBC完全統一ミドル級王者ニノ・ベンベヌチに挑戦すべく、敵地イタリア・ローマに乗り込みます。
ベンベヌチは完全統一タイトルを4度守り、母国イタリアでは負けを知らない強豪王者。28歳のあるゼンチーナに勝ち目はないと見られていましたが、12ラウンドKOの大番狂わせを起こします。
アルゼンチンのミドル級はモンソンからウーゴ・コーロ、ホルヘ・カストロ、セルヒオ・マルチネスがいずれも番狂わせで輩出されましたが、モンソンとセルヒオについては世間に見る目がありませんでした。
特に、モンソンについては完敗したベンベヌチが「とにかく速かった、誰だ?モンソンは遅いなんて言った奴は!? それに巧い。そして強い。モンソンは間違いなくとんでもないチャンピオンになるだろう」と断言。
再戦では3ラウンドとさらに短い時間で叩きのめされたベンベヌチは、この試合を最後に引退します。
この完全統一王座を7年間に渡って14度も防衛。今なお、モンソンこそがミドル級最強だと主張する歴史家や専門家は少なくありません。
1990年には事実上の一発殿堂。
しかし、リングの中では万能だったモンソンですが、リングの外では波乱に満ちた人生を送りました。
強くてハンサムで派手なモンソンはアルゼンチンの英雄でしたが、自らの暗黒面に堕ちてしまいます。
“Escopeta ”(ショットガン)と形容されたアルゼンチーナは、欠点を探すのが難しい稀有なファイターでした。
リーチ190㎝の長距離砲で、速くてとにかく強いパンチを打ち込むことが出来ました。そして、リングの中では尋常でない狡猾さも持っていたのです。
しかしその強さは、誰にでもすぐわかる種類のものではありません。多くの優れたものがそうであるように、モンソンもまた素人目にはその強さが理解できなかったのでした。
デビューから20ヶ月で3つも敗北を喫したことも、モンソンを駄馬だと決めつけてしまった理由かもしれません。
そして、多くのボクシングファンがモンソンの強さに気づき、 驚愕し、彼がグローブを吊るしたときに思い至るのです。
「モンソンはデビューから20ヶ月の間で3つも敗北したが、あれから引退まで一度も負けなかったのか …」。
そして、負けた三人にはきっちり借りを返しています。
ブラジルで何度か戦った他は、ずっとアルゼンチンに引きこもっていたモンソンは1970年、WBA/WBC完全統一ミドル級王者ニノ・ベンベヌチに挑戦すべく、敵地イタリア・ローマに乗り込みます。
ベンベヌチは完全統一タイトルを4度守り、母国イタリアでは負けを知らない強豪王者。28歳のあるゼンチーナに勝ち目はないと見られていましたが、12ラウンドKOの大番狂わせを起こします。
アルゼンチンのミドル級はモンソンからウーゴ・コーロ、ホルヘ・カストロ、セルヒオ・マルチネスがいずれも番狂わせで輩出されましたが、モンソンとセルヒオについては世間に見る目がありませんでした。
特に、モンソンについては完敗したベンベヌチが「とにかく速かった、誰だ?モンソンは遅いなんて言った奴は!? それに巧い。そして強い。モンソンは間違いなくとんでもないチャンピオンになるだろう」と断言。
再戦では3ラウンドとさらに短い時間で叩きのめされたベンベヌチは、この試合を最後に引退します。
この完全統一王座を7年間に渡って14度も防衛。今なお、モンソンこそがミドル級最強だと主張する歴史家や専門家は少なくありません。
1990年には事実上の一発殿堂。
しかし、リングの中では万能だったモンソンですが、リングの外では波乱に満ちた人生を送りました。
強くてハンサムで派手なモンソンはアルゼンチンの英雄でしたが、自らの暗黒面に堕ちてしまいます。
1988年、妻の首を絞めてバルコニーから突き落とした殺人罪で懲11年に服します。
1995年1月8日。仮出所中のモンソンは自ら運転する自動車で事故死。
“Monzon destroyed you little by little,” Angelo Dundee told The Independent. 「モンソンは真綿で締め付けるようにして相手を追い込んでゆく」。名伯楽アンジェロ・ダンディがインデペンデント紙に語った有名な言葉です。
「ナポレスならモンソンをいなせると信じて疑わなかったが、奴はナポレスには鋭いジャブから試合を組み立てて見せたんだ」。
「私の教え子が負けるときは、私の言いつけを実行できなかったからだが、ナポレスは実行したのに惨敗した。モンソンはナポレスに圧勝しただけじゃない、私も惨めに打ち負かしたんだ」。
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20の国に日本が選ばれてるかどうかはわかりませんが、おそらくJapan もあるでしょう。では誰にスポットライトが当てられるのか?白井義男なら「さすがリング誌!」ですが…きっと違いますね。
でも、今から楽しみです。
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