亀田三兄弟(史郎)や井上尚弥(慎吾)、拳四朗(寺地永)らにとどまらず、ワシル・ロマチェンコ(アナトリー)まで、父親がトレーナーを務めて大成したボクサーが目立っています。
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いずれの父親もトレーナーとしての実績は乏しく限定的です。

しかし、もし父親がいなければ息子たちは世界チャンピオンになれなかったんじゃないか、と思わせるほど彼らは見事にフィットした関係を築いています。

父親の影響でその競技を始め、父親にコーチしてもらいながら成長したアスリートはイチローらの例を出すまでもなく多数派です。

しかし多くの場合、その成長の途上で父親との関係は終わりを迎えます。

息子たちが戦う世界チャンピオンのステージはボクシング経験の浅い、あるいはゼロの父親(寺地は日本と東洋太平洋のタイトルホルダーで例外ですが)にとって全くの未体験ゾーンですから、技術的にはもちろん心理的にもアドバイスを送ることは相当に難しいと想像しがちです。

しかし、どうやらそれは間違いのようです。

カス・ダマトやクーヨ・エルナンデス、アンジェロ・ダンディが特殊な技術を教えるトレーナーというよりも、選手の心に入り込んで動機付ける手腕に長けたモチベーターであったことは広く知られています。

どんなに素晴らしい練習メニューをこなしても、どんなに完全な肉体を作り上げても、不撓不屈の心を備えなければハリボテに過ぎません。

心。そこを動かすのに共通のマニュアルなどあり得ません。

選手一人一人の性格や性癖を知っていることが、心を掴むために重要な予備知識になることは論を待ちません。

性格や性癖は生まれたときから墓場まで持ち込む「三つ子の魂百まで」という先天的なものと、経験によって造形される後天的なものが複雑に絡み合って醸造されるものです。

そう簡単に把握出来るものではありません。

「血」と「生い立ち」と「環境」。

この三つがどんな風に絡み合っているのかを正確に紐解ける人物がいるとしたら…。

確かにそれは、肉親を置いて他にはありえないでしょう。

カス・ダマトはトレーナーではなく優れたモチベーターでしたが、場合によってはモチベーターも超えた存在だったのかもしれません。

つまり、マイク・タイソンにとってダマトは、間違いなく父親だったのです。



しかし、肉親がトレーナーを担う場合は肉親ゆえのリスクや苦悩という副作用も起きがちです。


亀田兄弟が世界チャンピオンを目指した原動力は「父親の指導が正しかったことを証明したかった」(興毅)という純粋な情熱でした。

父親は度重なる幼稚な蛮行で、世間から嫌悪されましたが、若い三兄弟は父親を諌めるという冷静さも知性も持ち合わせておらず、愚かな父親に追従するだけでした。

亀田一家が犯した最大の罪はリング内外での規約違反に人から唾棄される口の聞き方や振る舞いからです。

身から出た錆といえばそれまでですが、世間から自分たちがどう見えているのかに思いが至らない鈍感さは悲劇的に愚かでした。

暗愚な言動を繰り返しながら世間の反発に逆ギレする亀田一家の低脳ぶり。

それは、同じ下劣な行動でも全てを計算して演じることでアンチという〝人気〟を沸騰させたフロイド・メイウェザーの頭脳とは全くの対極でした。

また、メイウェザーと亀田三兄弟は「父親がトレーナー」という共通点もありますが、前者は打算が先行して何度も仲違いしたのに対して、後者は固い絆で結ばれていました。

「肉親がトレーナー」「世間の嫌われ者」「つまらない試合ぶり」という共通点がありながら、メイウェザーと亀田兄弟は別の惑星の生き物かと思えるほど、他には共通点が見当たらないのです。


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辰吉丈一郎はレナードやチャベス、タイソンのスタイルを完コピ出来る能力がありながら、その低いガードに起因するディフェンスの欠陥をついに補うことが出来ませんでした。

ジョー小泉が「レナードになったつもりかもしれないが、絶対に無理」と非難したように、私も「あれほどの才能でも指導や練習方法を間違えると修正出来ないんだな」と感じていました。

しかし、もしかしたらそうではないのかもしれません。

出来ないのではなく、やらない、のかもしれません。

辰吉のガードが低いのは父親の粂二がそう指導したからだと知ったのは、ずっと後になって観たドキュメンタリー映画でした。

粂二は父親でしたが、丈一郎にとって生涯のトレーナーでもありました。

辰吉にとって、自分を世界チャンピオンに育ててくれた父親の指導は絶対の正義です。

そして1998年12月、ウィラボン・ナコンルンアンプロモーションにタイトルを奪われた辰吉は、病床の父親に「必ず王者に返り咲く」と約束しました。

しかし翌月、粂二が死んでしまった瞬間、その約束は永遠に反故にすることが出来ないものになってしまうのです。

「もう一度世界チャンピオンになるまでやめられへん。父ちゃんと約束したんやから」。

辰吉は今年50歳になりますが、引退はしないでしょう。そして、低いガードを何度注意されようが彼がガードを上げることはありません。

父親と交わしたあの約束は「(父ちゃんのボクシングで)もう一回世界チャンピオンになる」ということなのですから。