ボクシングファンはリングの中で躍動するボクサーの姿に感動したり、共感を覚えます。

ワシル・ロマチェンコの超絶の技巧にため息をつき、デオンティ・ワイルダー が一発のパンチで全てを清算する姿に心を震わせるのです。

しかし、ボクサーではなく人間として感動や共感を呼ぶ選手もごく稀に現れます。

ジャメル・ヘリングは明らかに後者です。

ヘリングは33歳、若くはありません。

週末、WBOジュニアライト級王者・伊藤雅雪に挑戦するヘリングは、いつも回り道ばかりの人生でした。

アマチュア時代、仲間たちが様々なトーナメントで活躍するのを横目に、彼は海兵隊としてイラク戦争に2度も従軍しました。

過酷なイラク戦線から大きな怪我もせず帰国したヘリングでしたが、多くの帰還兵がそうであるように心の中はズタズタに引き裂かれていました。

伊藤との決戦は「戦没将兵追悼記念日」週間の土曜日にゴングが鳴らされます。

戦没将兵追悼記念日週間と世界初挑戦、二つの偶然だけが重なったのではありません。

5月25日は、長女アリヤナの10歳の誕生日なのです。

「運命を感じる。この勝利をアリヤナに捧げる」。

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10代からボクシングを始めたヘリングは、陸上競技やバスケットボールでも抜群の才能を見せていました。しかし、あまりにも学業成績が酷いためにバスケットボールチームからは外されてしまいます。

「17歳の頃は自分に自信がなかった。物事に投げやりになっていたね」。

当時の彼はドラッグを売るために、公園をブラつき歩いたりもしていました。

そんな時、一歳上のステファン・ブラウンという親友が 「そんなことしてちゃいけない。お前にはもっと素晴らしい人生が待っている」と励ましてくれました。

意を決したヘリングはブラウンを追って海兵隊に入隊します。

2005年、最初のイラク出征に旅立ちます。赴任地はファルージャ。イラク戦争最大の激戦地区でした。

そこで彼らの部隊は、戦線を甘く見ていた米国政府が想定していなかった最悪の事態に巻き込まれていきます。

「どこからともなく小型のミサイルがいくつも飛んできた。明日の朝を迎えられるってことがどれほどの幸運なのか、そのとき初めて知ったよ」。

「姉のように慕っていた海兵隊の先輩女性がいた。帰国したら婚約者と一緒になって幸せに暮らすんだ、ある夜そんな話をしてくれていた。彼女がタバコに火をつけたとき、鋭く嫌な風の音がした。一瞬前まで笑っていた彼女が眉間から血を流して倒れていたよ」。

スナイパーでした。

「私は彼女の容体を確かめるより先に、彼女の指に挟まったままのタバコの火を素手で叩き消した。スナイパーがタバコの火を標的にライフルを撃ったのは明らかだったから。中空を見つめたまま絶命した彼女の顔は、今でもときどき夢に出てくる。多分、一生この夢にうなされるんだろうな」。

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ヘリングは、街をジープでパトロールするときも生きた心地がしませんでした。車を止める時は必ず座席深くに伏せて震えていました。

うっかり頭を出して殺された兵士を何人も見てきました。

「すぐ前を走るジープが地雷を踏んで爆破されたのも見たよ。あなた方がイラクの激戦で何人死んだかを新聞やネットで読んだり聞いたりするのと、すぐ目の前で友達が殺されるのを何度も見るのは全く違うことなんだ。…まだこの話を聞くかい?」。

部隊にいたある軍曹は爆弾のスペシャリストでした。爆弾の仕組みと、どうすれば起爆装置を安全に解除で出来るかを教授してくれました。

「学校の勉強は全然ダメだったのに、スナイパーからの身の守り方や起爆装置の解除方法はすぐに覚えたよ。そりゃそうさ、勉強が出来なくても落第するだけだけど、イラクで物覚えが悪いってことは殺されるってことだからね」。

「私がダミー爆弾のコードを順番を間違えずに手際よく切断したのを見た軍曹から生まれて初めて『優』をもらったんだ。そのことを言ったら軍曹もクラスのみんなも大笑いしてくれた」。

いつも厳しい軍曹には二週間前に生まれたばかりの息子がいて「ジャメルと違って頭がいいはずだから、学校に通うようになれば全課目で優を取るだろうな」と冗談も返してくれました。

しかし…その一週間後に、軍曹と授業を受けた7人が自爆テロに遭って命を落としてしまいます。

「戦場では物覚えが良かったって死ぬんだよ。どんなに素晴らしい人間でも死ぬんだよ。死んじゃいけない人間でも死ぬんだよ。あんなに物知りで優しくて強くて厳しい軍曹が爆弾で殺されるんだから…」。

「体のあらゆる部分や臓器がミンチみたいぐちゃぐちゃに潰されて飛ばされて、もう誰の指なのか誰のどの部分なのかもわからないんだぜ。生きて帰るのも奇跡だけど、ちゃんと棺に入れられて家族がわかる姿で帰るのさえ奇跡なんだ」。

「どうして私みたいなクズだけが生き残ったんだろう」「私が代わりに死ねば良かったのに」。


軍曹が殺されたとき、ヘリングの中で何かが弾けました。

最初の出征から帰国したヘリングは誓いました。「彼らの分も生きなきゃいけない」。

婚約者が男の子妊娠したのを知ると「あの先輩女性ならならどんな風に子供を愛したか」「軍曹ならどんなふうに子供に教えたか」を考えながら生まれくる命を育てようと思いました。

子供の名前は、人生を変えてくれた親友からとって「ステファン」と名付けました。その親友は2004年、癌のためにこの世を去ります。

ヘリングは、2度目のイラク出征のためステファン誕生の瞬間を見ることは叶いませんでした。

それでも2007年に帰国、2009年には長女の出産に立ち会うことができました。

そう、彼女が5月25日の戦没将兵追悼記念日に誕生したアリヤナでした。

“One of the best feelings in the world.

     いろんなことがあったけど、最高に幸せな気分だった。

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嬉しそうにアリヤナにミルクを飲ませるヘリング。


ファルージャで戦ったみんながヘリングを空の上から応援してくれている、そんな風にも感じました。

全てが順調でした。海兵隊はヘリングがボクシングに集中できるよう、当分は米国内の任務に限定することを約束してくれました。

しかしアリアナが生まれて2ヶ月後の7月27日。

二階の部屋から妻の悲鳴を耳にしたヘリングは、息もつかずに一気に階段を駆け上がります。

カネ目当ての強盗ならありガネ全部を差し出して、お引き取り願おう。もし話が通じない強盗なら刺し違えてでも家族を守ることは出来る。白兵戦で刺し違える方法は、例の軍曹から何種類も学んでいました。

しかし、ヘリングを待っていたのはもっと最悪の出来事でした。

部屋には強盗の姿はなく、ゆりかごの前で妻が「アリヤナが息をしていない」と泣き崩れているだけでした。

ヘリングは娘を一度抱き上げてから、体を真っ直ぐに寝かせ直すと人工呼吸と心臓マッサージをしながら祖母に救急車を呼ぶように頼みました。

「病室から出て来た医師の顔を見たとき、全てがわかった。生後2ヶ月の娘を失ったことを父親に告げる役回りなんて、間違いなくこの世で最悪の仕事だからね」。

 SIDS(Sudden infant death syndrome)、乳幼児突然死症候群でした。

ヘリングは、ボクシングのトレーニングをやめました。もう何もする気になれませんでした。

「アリヤナを追悼していたんだ。もしかしたら何かが出来たかもしれない、何かに気付けたかもしれない。それなのにどうして何も出来ずに、何も気付けなかったんだと自分を責めた」。

海兵隊の戦友たちは「ジムに戻って来い」と励ましましたが「そんな気になれない」と断り続けました。

しかし、打ちひしがれた毎日を送っていたある日、アリヤナはここにいると感じることが出来たというのです。

「言葉で説明するのは難しいけど、アリアナが私のそばに間違いなくいるって、今も感じるんだ。そして彼女はこんな風に毎日悲しみに暮れている父親を見たくないと思ってることがはっきり伝わってきたんだ」。

ジムに帰ってきたヘリングは全身全霊で練習に打ち込みました。


米軍タイトルに全米タイトルも獲得して、ついにロンドン五輪の米国代表に選ばれるのです!

それにしても、運命というのはどこまで数奇なのでしょうか。

ボクシングチームの主将としてロンドン五輪の開会式で行進したのは2012年7月27日、その日はアリヤナの三回忌だったのです。

※一部メディアやBoxRecがヘリングが出場した五輪を「リオ2016」としていますがロンドンの間違いです。

「五輪では一回戦で敗退してしまったし、プロ転向してからでも2敗している。それでもずっと見守ってくれてるアリヤナをがっかりさせるような試合は一度もしていないと自負している。お父さんは今日も全力で一生懸命戦ってるんだよ」。



イラク戦争の帰還兵の多くがそうであるようにヘリングも重度の精神疾患に苛まれ続けています、

街を歩いていても、スナイパーがどこからか自分を狙っている気がするのです。

レストランで食事を注文しても、どこかに爆弾が仕掛けられていると確信して大声を張りあげたこともありました。

「生き残っても、母国に帰っても戦争は絶対に終わらないんだよ…」。

無責任な精神科医はみんな口を揃えてこういいます。

「あなただけじゃない」。


それでもヘリングは戦い続け、昨年は135ポンド(ライト級)から130ポンド(ジュニアライト級)にクラスを落としました。

「130ポンドなら(世界挑戦の)チャンスが作れる」とマネージャーから助言されたからでした。

「週末のタイトルマッチでもアリヤナの名前を入れたトランクスで戦うよ。その日は彼女の10歳の誕生日で、戦没将兵追悼記念日だ。私は娘の誕生日と、私に良くしてくれた軍曹や先輩、同僚・後輩たちにチャンピオンベルトを見せてやらなきゃならないんだ。生き残る方もタフなもんだ。チャンピオンになれば娘は大喜びしてくれるだろう。軍曹は『遅い!待たせすぎだ!』って怒るかもしれないけどね」。



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リング外の人生はまさに波乱万丈。ボクサーとしてもトレーナーやプロモーター、マネージャーを何度も変えてここまで辿り着きました。

当たり前ですが、この試合は米国でも御涙頂戴のサイドストーリーと共に紹介され、注目を集めています。

今日の前日計量では伊藤が129.4ポンド、ヘリングが129.6ポンドでリミットをクリア。

伊藤はルディ・エルナンデスから授けられた 渾名のJudge にあやかり結審で机を叩く木槌を持ってポーズをとり、ヘリングは海兵隊仕込みの敬礼ポーズで会場を盛り上げました。

計量を見たファンが「ヘリングが負けたら神様なんていないってことだ!」と叫びましたが、寝言は寝て言え、ですね。

リングの上には神も仏もいません。

リングの上では過酷な体験も不幸な人生も、何の役にも立ちません。

四角いリングに上がって2人だけで殴り合うのです。絶対に負けられない理由は、あのロープをくぐる誰にだってあるのです。

オッズはチャンピオン勝利14/19(1.74倍)、ヘリング28/17(2.65倍)。伊藤がやや有利と見られています。

全米生中継するESPNも「オッズには〝同情票〟も含まれているから、挑戦者に好意的。スピードとテクニックで上回る伊藤か終盤ストップ勝ちを収めるんじゃないか」と見ていますが…運命のゴングまであと24時間を切りました。