仙台からの帰路。
宮城峡で散々飲みまくったにもかかわらず、新幹線は動く居酒屋だと信じて疑わない私は、性懲りも無くまた酒をあおるのでした。

いい感じで酔いが回ってたせいか、普段は目もくれない座席背面ネットのJRの広告パンフレット類に目がとまりました。

「トランヴェール」というフリーペーパーです。

表紙に、よく読む作家の名前がありました。

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こいつはボクシングのことを何も知らないな。

そんなことを思ったことが一度だけあります。

ボクシングに限らず、どんなものを見るにしても、見る角度や、そもそも一人一人のレンズが違うのですから、いろんな見方があって然るべきです。

ボクシングのPFPのように、モノの考え方は、まさに十人十色です。



それでも、一度だけ「こいつはボクシングのことを何も知らないな」そう思ってしまったことがありました。


友人知人なら気にも留めなかったでしょうし、そもそも私は自分がボクシングや映画、モルトに病的に傾倒していることを人に知られたくないので、今もこういう匿名の場所でしか吐き出していません。

それでも、その人物は「軽量級とか正直、見ることが出来ない。アリの時代を知ってしまっては、もうボクシングへの関心も著しく減退してしまった」という意味のことを、著作の中で書いていたのです。

中学のとき、野球と、当時ちょうど始めたボクシングを掛け持ちしていた私は、休み時間にその作家の話で盛り上がってるクラスメイトの話に敏感に反応してしまいました。

ボクシングは近所の高校でときどき練習に参加するくらいで、試合経験はありませんでしたが。

クラスメイト達にとってボクシングなんて些末なことです。

その作家について、みんなでワイワイ話してるだけでしたが「ボクシングの軽量級ってたいしたことがない」という声が耳に入って、反射的に立ち上がってしまいました。

「お前らボクシングしたことあるんか?」と凄んでしまいました。

普段はモグラのようにおとなしく、目立たない私が人の話に立ち入るなんてまずなかったので、場が凍り付いてしまい、私自身もすごく気まずいというか、どうしてこんなに苛立ってしまったのか、恥ずかしくなってしまいました。

私を救ってくれたのは、生徒会長をしていた女子でした。

「辰吉君(もちろん仮名です)、なに怒ってるん?話に入りたいならそんな遠くでメンチ切らんとこっちおいでよ」。

たしかに、彼らは教壇を囲むように話し込んでいて、私は一番後ろの席から、たしかに凄んでしまったのです。

休み時間です。彼らと私の間には、他の生徒もいました。

何も言えずに戸惑う私に生徒会長は畳み込みます。

「辰吉君、すごいなあ、そっから私たちの声聞こえたん?そういう聴覚って野球に役立つん?」「あ、あんまり、役立ってないか!」

ボクシングは高校生の先輩に遊んでもらってる程度で、野球は阪神大会(よく勘違いされますが、近畿大会ではなく市大会の上)で敗退したばかりの私は、確かに勝手にささくれだっていたのかもしれません。

何も言えず、ダウン寸前の私に、彼女は「ちょっと耳に入った言葉の断片に反応して大声出すとか、良ぅないわ。そんなに気になるなら、いっつも教室の隅で暗ーく座ってないで、最初からこっちの話に参加したらええねん。いきなり大声出されたらみんなビックリするやん」と、さらに強烈なコンビネーションを叩き込んできます。

もう、勝負は決してします。

私は、これぞシドロモドロで「そ、そうじゃなくて、それ誰の話してんねん? だ、誰が軽量級をバカにしたんや?」と何とかクリンチ。

白旗を挙げている私に、さらに彼女はパンチをまとめます。

「そうじゃなくて?何がそうじゃなくてか、ようわからへん。何ゆうとん?日本語おかしいで?それに誰もボクシングや軽量級?なんてバカにしてへんし。自意識過剰ちゃう?」。

10代半ばです。運動しかしてない私が、口先だけなら世界基準の大阪女子と口喧嘩して勝ち目などありません。

自分から仕掛けたとはいえ、完全なミスマッチです。

メイウェザーと戦った那須川にはタオルを投げてくれるセコンドがいましたが、その時の私はたった一人、誰もタオルを投げてくれません。

誰でもいいから、タオル投げて欲しいと涙目になってる私に、生徒会長はチェリーピック、雑魚狩りは本心ではないとばかりに、ボソッと教えてくれました。

「沢木耕太郎」。

当時の私の耳は、サワ・キコタロウとヒアリングしてしまいました。

ネットなど姿形もない時代、サワ・キコタロウは評論家か、芸人か、何をやってる人だろう?どうしてボクシングをバカにするのだろう?と何日も悶々としてしまいました。

 

その、サワ・キコタロウ、沢木耕太郎がJR東日本のフリーペーパーに「トランヴェール」エッセイを連載していたのです。

それだけのととですが、旅先で不意に出くわした沢木耕太郎に、一気に中学時代の記憶が蘇って来ました。