プロボクサーのリングの去り方は、千差万別です。

多くのプロスポーツでは、スター選手はファンやメディアから惜しまれ、偉大な業績を讃える拍手に送られて引退していきます。

そして、指導者や解説者など第二の人生が用意されていることも珍しくありません。もちろん、そんな理想的な引退が出来るボクサーも存在しますが、スター選手であってもそうではない事例は枚挙にいとまがありません。

歴史上のグレートがグローブを吊るした、その流儀を7つのタイプに分けて振り返って行きます。


【悲劇型*もし彼らにその不幸がなければ…】

1973年1月25日、大場政夫はどうして首都高の大曲カーブでブレーキを踏まずに突っ込んだのでしょうか。

大場なら日本人ボクサーの枠を超えた、破天荒なキャリアを送ったことでしょう。すでに、その兆候は十分すぎるほど見せていましたが。そして引退後は、ボクシング界では珍しい超辛口の解説者になって、若いファンから大いに嫌われていたに違いありません。

1982年8月12日、あの日、サルバドル・サンチェスが純白のポルシェ928のハンドルを握らなければ、ボクシングの歴史が大きく変わっていたかもしれません。

10度目の防衛に成功したら、ジュニアライトに上げてアレクシス・アルゲリョとのメガファイトが実現するはずでした。

カルロス・サラテはウィルフレド・ゴメスに倒され、そのゴメスはサンチェスに沈められた…階級の壁をまざまざと見せつけてくれた壮大な叙事詩に、サンチェスvsアルゲリョという黄金のチャプターが加わったとき、一体何を見せてくれていたのか…虚しい想像ですがそれでも胸が躍ります。

不慮の事故によって、リングはおろか人生の幕まで降ろしてしまったグレートは、自分の意思で決断できる引退ではなく、運命によって私たちの前から消えてしまいました。

それでも「永遠のチャンピオン」のロマンは尽きません。

もちろん、家族にとってはたまったものではありませんが、ボクシングファンにとってはサンチェスも大場も、永遠に23歳の無敵の王者のままなのです。

そして、死は免れたものの、リングに再び上ることのできない重大な怪我を負ってしまったボクサーもやはり、心の底から応援したくなるものです。

ポール・ウィリアムスも、そんな悲劇に見舞われたボクサーの一人です。

クリチコ兄弟をも上回る208㎝のリーチは「ロイ・ジョーンズのような〝空き巣〟戦法なら、ヘビー級を制する史上初のウェルター級王者になれる」とまで将来を嘱望された存在でした。

しかし、WBCジュニアミドル級王者カネロ・アルバレスへの挑戦が決定していた2012年5月27日、スズキ・GSX1300Rハヤブサに跨ったウィリアムスは、弟の結婚式に向かう途中に転倒事故を起こし、下半身不随の後遺症が残る重傷を負ってしまいます。
身長185㎝、リーチ208㎝、圧倒的な体格を活かしたサウスポー、The Punisherの強さは際立っていました。PFPランキングの最高位は3位でしたが、2010年頃は、対戦を回避したメイウェザーはもちろん、鬼神の勢いにあったパッキャオにも勝てると言い切る専門家もいました。

脊椎損傷。「現代医学では二度と自力で立つことも出来ない」と診断されたにもかかわらず、不屈のパニッシャーは「必ずリング復帰する」と苛酷なリハビリに挑み続けます。

不幸な事故と、癒えることのない絶望的な重傷。ファンの立場からは「そんな報われることのない努力はやめてくれ」と頼み込みたくなるポール・ウィリアムスの悲しく虚しいリハビリ…それでも彼は諦めませんでした。

上半身は自由に動くのに…ときどき足が動くような気もするのに…。過酷なリハビリは屁でもありませんでしたが、ピクリとも動かない、もどかしい下半身に苛立ったパニッシャーは、何度も車椅子から転げ落ちました。

それでも彼は諦めませんでした。2016年3月、車椅子のままトレーナーとしてリングに帰ってきたのです。立ち上がることも、ステップを踏むことも出来ないのですから、ミット打ちも出来ないというのに。

それでも、かつてのPFP3位はリング下から若いボクサーに声をかけます。

「もっと速くパンチを引け。じゃないと(セルヒオ)マルチネスのカウンターでカンバスに沈められちまうぞ!」。

キャリアで最も手痛い敗北もジョークに出来る本当に強い男は、この挫折もきっと笑って乗り越えるのでしょう。

「神様はその人が乗り越えられない試練を与えることはない」。月並みな言葉ですが、ウィリアムスの姿を見て、その通りだと納得しました。

パッキャオにもメイウェザーにも勝てると言われたウィリアムスですが、彼は全盛期のパックメイでも遥かに及ばない途轍もない強敵にも怯まずに立ち向かい、打ち勝って見せたのです。


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そして、ダニエル・ジェイコブスです。

彼が「脊椎の骨肉腫に冒され、数カ所に転移している。手術のためブランクを作ることになるが、私は必ず戻って来る」と宣言したとき、誰もが手術の成功を祈りましたが、その病の重篤さを考えるとリングへの復帰など考えられませんでした。

死地から生還したミラクルマンに、特別な声援が送られるのもまた当然のことでしょう。