TBS「サンデーモーニング」のスポーツコーナーでレギュラーコメンテーターをつとめる張本勲さん。今朝は少し大人しかったですね。
その発言がいろいろ物議を醸すことが多いようですが、今朝はこの日本球界を代表するレジェンドの発言について考えてみたいと思います。
ちなみに、私が物心ついた頃には張本さんはすでに読売ジャイアンツの選手でキャリア晩年でした。
「写真で見る 日本プロ野球の歴史 |パ・リーグ編|」より。 いやぁ、若い!
その前に張本勲さんについて、振り返ります。
1940年6月19日生まれの77歳。両親は今の韓国から内地(当時の朝鮮半島は日本の植民地=外地、日本列島=内地)へ移り、1年後に広島で張本勲さんが産まれました。
「どんな時代でも、そのとき生きている人にとっては激動で過酷なもの」ですが、朝鮮人として広島で生まれ、5歳の時に被爆した幼少期の体験は、バブル崩壊が大事件の私たちからは想像を絶する厳しい人生だったに違いありません。
一足先に母国へ帰り、家族を呼ぶ予定だった父親は半島に渡りしばらくして急死。母子家庭の貧しさに打ちのめされることなく、張本さんは野球や水泳などスポーツ万能のガキ大将として少年時代を過ごしました。
1950年、10歳のときにはプロ野球が本格的に立ち上がり、広島遠征の読売巨人軍の選手が肉や生卵を食べるのを目の当たりにして、プロ野球選手への憧れを強烈に燃やすことになります。
1959年、東映フライヤーズ入団後の活躍は言うに及ばず。生涯3085本のヒットを放ち、首位打者7回、通算打率3割1分9厘、プロ野球史上屈指の安打製造機としてその名を残します。504本のホームランをスタンドに叩き込み、319の盗塁をマークしたことからも単なるヒットメーカーの枠に収まらない万能型バットマンでした。
張本さんがグラウンドに立った1959年から1981年の日本プロ野球界は、読売ジャイアンツが絶対的な存在で、プロ野球全体としてみたとき、このプロスポーツはけしてメジャーとは言いかねるものでした。
さらに、張本さんがプレーしたのは、今では考えられないほどに狭い「箱庭球場」(ただでさえ狭いくせに、本塁から外野フェンスまでの距離をサバを読んで表示することも普通にありました)を舞台に、「圧縮バット」で「飛ぶボール」がポンポコ打たれていた時代です。
また、メジャーリーグとは単純な技術を超えて、心理面でも絶望的なレベル差がありました。星飛馬が投げ込んだのは「大リーグボール」です。
メジャーとは現実ではなく、マンガの世界で語られる夢のフィールドであり、日本人には永遠に関係のない怪物ランドでした。
もし、張本さん時代と現代のプロ野球チームが試合を行えば、とんでもないミスマッチにしかならないでしょう。プレーする環境があまりにも違いすぎるのです。
圧縮バットが飛ぶボールを箱庭スタンドに打ち込んだ本塁打は、現在では平凡な外野フライです。杉浦忠や山田久志ら「アンダースローの豪速球投手」が存在していた時代の投手や打者が、純粋な競技レベルで現在と大きな乖離があるのは論を待ちません。
そんな張本さんが、日曜日の朝から語るわけです。
「(大谷翔平らのMLBへの流出に対して)プロ野球界は崩壊しますよ」
「アメリカの野球はレベルが落ちたねぇ」
「アメリカの選手は下手なのに練習しない」
「より高いステージを目指す」。アスリートにとって健全な思考です。かつて長谷川滋利は、なぜメジャーを目指すのか?と聞かれて「よりレベルの高い場所でプレーしたいと思うのは当然です。もし、メジャーの上に宇宙リーグとかがあるのなら、そこを目指します」と答えました。
では、張本さんらは、どうしてアスリートとして健全な思考が麻痺していたのでしょうか。
理由は二つあります。一つは契約形態です。日本の球団に身を置いた時点で、本人意思による移籍の自由はありません。契約金は退職金の先渡しでした。
メジャーで腕試しをしたいという野心の火は、契約問題の前では灯すことすら出来なかったのです。
二つ目の理由、実にはこれこそが日本人選手がメジャーに渡らなかった唯一の理由と断言しても差し支えないでしょう。
「メジャーにも上がれないポンコツ外人がタイトルを軽々と獲るのに、日本人が通用するわけがない」という諦め、敗北宣言です。
この情けない敗北宣言を反故にしたのが、野茂英雄でした。ほぼ日本中を敵に回して、文字どおり単身アメリカに乗り込んだトルネードが大きな成功を収めたことで、日本人選手も健康な思考回路を取り戻すのです。
スポーツの世界では、誰もが息を吸うように「手のひら返し」をします。しかし、このとき全てのメディア、ほぼ全ての解説者が返した手の平ほど醜いものを、私は見たことがありません。
張本さんが言う「才能の流出によって日本のプロ野球が廃れる」というのは大間違いです。
世界的な研究者がより環境の整った海外に拠点を移す「頭脳の流出」は国益を損なう緊急事態ですが、スポーツの場合は日本人がより高いステージで戦うことで、ファンの心を躍らせてくれるだけでなく、これからそのスポーツに取り組む子供達をおおいにインスパイアしてくれ、市場を活性化してくれます。
確かに「日本プロ野球=読売ジャイアンツ」の公式が崩れ、地上波での中継がほぼ絶滅しましたが、それはジャイアンツの衰退だけを表すものです。
巨人一辺倒のイビツで貧しい時代は終わったのです。地上波にこだわらなければ、セパ全ての試合が観れる、現在の豊穣さは喜ばしいことです。
そして巨人戦以外はフルハウスになることがなかったスタジアムに、パ・リーグでも当たり前のように観客が詰めかける今、かつてのように「プロ野球がスポーツの王様」ではなくなったものの、プロ野球は間違いなく国民的な娯楽に昇華しています。
張本さんの言う「アメリカの野球のレベルが落ちた」というのも間違いでしょう。確かに、張本さんの時代に18〜24チームだったMLBは球団拡張を繰り返し、現在30チームまで膨れています。
今後、ヒスパニックの取り込みを見越してメキシコなどに新球団を新設して32チーム構想も発表されていますから、ボクシングの階級同様に「水増し」されているのは確かです。
ただ、個々の技術が落ちているかといえば「ボクらの時代の方が楽だった。ストレートとフォークで十分だったし。今は変化球が多彩で、スピードも上がっている。今の時代ならボクなんかは通用しない」と野茂が語るように、間違いなく進化しています(「じゃあ、昔のメジャーならもっと通用してましたね」とフォローされても野茂は「昔は球団も少ないし練習環境も悪かった。そんな中で活躍してる選手はものすごいタレント。ボクなんかじゃ無理」と否定しています)。
「アメリカの選手は下手」という張本さんもおかしいですね。そんな下手くその中でもさらに下手くそが日本に来て大活躍するのですから。米国でメジャーにはお呼びでないマイナー選手が日本でタイトルを獲ることはあっても、日本の二軍選手がメジャーでタイトルを獲ることはありえません。
野球を離れて、三浦知良とのエピソードも、張本さんの独善と狭量に対するカズの神対応で有名です。
「J2なんてプロ野球なら二軍。もうお辞めなさい」というお節介に、カズは「小さい頃から巨人ファンで張本さんはレジェンド。そんな人にコメントしていただけるのは光栄。もっと活躍しろとおっしゃってくれてるんだと思います」と笑って答えました。
まあ、人の意見、特に重鎮と言われるような方のご意見とは、往々にしてそんなものです。
張本さんを、厳しく老害という人もいますが、具体的な迷惑、深刻な被害は見当たりません。具体的な迷惑や深刻な被害が顕在化する重鎮のお言葉はいただけませんが(そういう人って現実の社会には多いですからね〜)、それとは少し違う気がします。
張本さんを罵倒している人たちでも、本人は気づいてないだけで楽しんでいるはずです。
昔はどこにでもいた、わけのわからないことを偉そうにほざくお爺さんは、いつの頃からか姿を消してしまいました。
これからもこの国は、そういうお爺さんを「老害」と駆逐していくのでしょう。
尊敬と寛容を放棄した、この国の未来に待ち構えているものは何でしょうか…?
紛う事なき偉大な実績を残した人は、何を言っても良い…もちろん、そんなわけはありません。
ただ、それが実害の無いものであったなら?そして、その矛先のほとんどが大谷やカズのような「強い者」に向けられているとしたら?
目くじら立てて80前のグレートに向けて罵詈雑言を寄ってたかって書き込む神経質でヒステリックな〝顔も名前も見えない若者たち〟の気色悪さの方にこそ、私には耐えられません。
張本さんはカズの〝返答〟に「あっぱれ!会ったことも話したこともないのに…どこかで会えば食事をご馳走したい」と、潔く白旗を揚げました。

今日の放送でも「メジャーは、大谷を見ていきましょうよ」と、なんだかかなり軟化しちゃってました。
もともと「メジャーに行くな」「メジャーはレベルが低い」という趣旨の、理解できない発言は繰り返していましたが、以前から大谷の才能が途轍もないものだと認めていることは誰が聞いても明らかでした。
今の時代に張本勲さんがプロ野球選手なら…。
時代と貧困と差別に翻弄された過酷な人生経験と、幼少期に負った大火傷で自由の効かない右手のハンデを乗り越えてレジェンドになったあの反骨精神が、現在のフィールドに現れたなら…やはり途轍もない選手になっていたはずです。
多彩な変化球と快速球を高い精度で投げ込む現代の投手を、ギラリと睨みつける張本勲。
左打者にとっての右手は、大切なリードの役目を果たします。大火傷でほとんど力が入りませんが、その右手こそが人生の親友です。
不自由は自由の反対語などではありません、同義語です。
力が入らないからこそ、あのヒットゾーンを目一杯使って変幻自在にヒットを放つスタイルが完成されたのです。あんな究極に柔らかいバッティング、無駄な力が少しでも入ったら、絶対に出来ません。
大きな球場の打席に立った張本勲は、つぶやくでしょう。「ヒットゾーンが広いなあ!これはやりやすい」。
そして、現代の広いフィールドにもスプレーを撒き散らすように自在にヒットの軌跡を描きまくったに違いありません。
その発言がいろいろ物議を醸すことが多いようですが、今朝はこの日本球界を代表するレジェンドの発言について考えてみたいと思います。
ちなみに、私が物心ついた頃には張本さんはすでに読売ジャイアンツの選手でキャリア晩年でした。

その前に張本勲さんについて、振り返ります。
1940年6月19日生まれの77歳。両親は今の韓国から内地(当時の朝鮮半島は日本の植民地=外地、日本列島=内地)へ移り、1年後に広島で張本勲さんが産まれました。
「どんな時代でも、そのとき生きている人にとっては激動で過酷なもの」ですが、朝鮮人として広島で生まれ、5歳の時に被爆した幼少期の体験は、バブル崩壊が大事件の私たちからは想像を絶する厳しい人生だったに違いありません。
一足先に母国へ帰り、家族を呼ぶ予定だった父親は半島に渡りしばらくして急死。母子家庭の貧しさに打ちのめされることなく、張本さんは野球や水泳などスポーツ万能のガキ大将として少年時代を過ごしました。
1950年、10歳のときにはプロ野球が本格的に立ち上がり、広島遠征の読売巨人軍の選手が肉や生卵を食べるのを目の当たりにして、プロ野球選手への憧れを強烈に燃やすことになります。
1959年、東映フライヤーズ入団後の活躍は言うに及ばず。生涯3085本のヒットを放ち、首位打者7回、通算打率3割1分9厘、プロ野球史上屈指の安打製造機としてその名を残します。504本のホームランをスタンドに叩き込み、319の盗塁をマークしたことからも単なるヒットメーカーの枠に収まらない万能型バットマンでした。
張本さんがグラウンドに立った1959年から1981年の日本プロ野球界は、読売ジャイアンツが絶対的な存在で、プロ野球全体としてみたとき、このプロスポーツはけしてメジャーとは言いかねるものでした。
さらに、張本さんがプレーしたのは、今では考えられないほどに狭い「箱庭球場」(ただでさえ狭いくせに、本塁から外野フェンスまでの距離をサバを読んで表示することも普通にありました)を舞台に、「圧縮バット」で「飛ぶボール」がポンポコ打たれていた時代です。
また、メジャーリーグとは単純な技術を超えて、心理面でも絶望的なレベル差がありました。星飛馬が投げ込んだのは「大リーグボール」です。
メジャーとは現実ではなく、マンガの世界で語られる夢のフィールドであり、日本人には永遠に関係のない怪物ランドでした。
もし、張本さん時代と現代のプロ野球チームが試合を行えば、とんでもないミスマッチにしかならないでしょう。プレーする環境があまりにも違いすぎるのです。
圧縮バットが飛ぶボールを箱庭スタンドに打ち込んだ本塁打は、現在では平凡な外野フライです。杉浦忠や山田久志ら「アンダースローの豪速球投手」が存在していた時代の投手や打者が、純粋な競技レベルで現在と大きな乖離があるのは論を待ちません。
そんな張本さんが、日曜日の朝から語るわけです。
「(大谷翔平らのMLBへの流出に対して)プロ野球界は崩壊しますよ」
「アメリカの野球はレベルが落ちたねぇ」
「アメリカの選手は下手なのに練習しない」
「より高いステージを目指す」。アスリートにとって健全な思考です。かつて長谷川滋利は、なぜメジャーを目指すのか?と聞かれて「よりレベルの高い場所でプレーしたいと思うのは当然です。もし、メジャーの上に宇宙リーグとかがあるのなら、そこを目指します」と答えました。
では、張本さんらは、どうしてアスリートとして健全な思考が麻痺していたのでしょうか。
理由は二つあります。一つは契約形態です。日本の球団に身を置いた時点で、本人意思による移籍の自由はありません。契約金は退職金の先渡しでした。
メジャーで腕試しをしたいという野心の火は、契約問題の前では灯すことすら出来なかったのです。
二つ目の理由、実にはこれこそが日本人選手がメジャーに渡らなかった唯一の理由と断言しても差し支えないでしょう。
「メジャーにも上がれないポンコツ外人がタイトルを軽々と獲るのに、日本人が通用するわけがない」という諦め、敗北宣言です。
この情けない敗北宣言を反故にしたのが、野茂英雄でした。ほぼ日本中を敵に回して、文字どおり単身アメリカに乗り込んだトルネードが大きな成功を収めたことで、日本人選手も健康な思考回路を取り戻すのです。
スポーツの世界では、誰もが息を吸うように「手のひら返し」をします。しかし、このとき全てのメディア、ほぼ全ての解説者が返した手の平ほど醜いものを、私は見たことがありません。
張本さんが言う「才能の流出によって日本のプロ野球が廃れる」というのは大間違いです。
世界的な研究者がより環境の整った海外に拠点を移す「頭脳の流出」は国益を損なう緊急事態ですが、スポーツの場合は日本人がより高いステージで戦うことで、ファンの心を躍らせてくれるだけでなく、これからそのスポーツに取り組む子供達をおおいにインスパイアしてくれ、市場を活性化してくれます。
確かに「日本プロ野球=読売ジャイアンツ」の公式が崩れ、地上波での中継がほぼ絶滅しましたが、それはジャイアンツの衰退だけを表すものです。
巨人一辺倒のイビツで貧しい時代は終わったのです。地上波にこだわらなければ、セパ全ての試合が観れる、現在の豊穣さは喜ばしいことです。
そして巨人戦以外はフルハウスになることがなかったスタジアムに、パ・リーグでも当たり前のように観客が詰めかける今、かつてのように「プロ野球がスポーツの王様」ではなくなったものの、プロ野球は間違いなく国民的な娯楽に昇華しています。
張本さんの言う「アメリカの野球のレベルが落ちた」というのも間違いでしょう。確かに、張本さんの時代に18〜24チームだったMLBは球団拡張を繰り返し、現在30チームまで膨れています。
今後、ヒスパニックの取り込みを見越してメキシコなどに新球団を新設して32チーム構想も発表されていますから、ボクシングの階級同様に「水増し」されているのは確かです。
ただ、個々の技術が落ちているかといえば「ボクらの時代の方が楽だった。ストレートとフォークで十分だったし。今は変化球が多彩で、スピードも上がっている。今の時代ならボクなんかは通用しない」と野茂が語るように、間違いなく進化しています(「じゃあ、昔のメジャーならもっと通用してましたね」とフォローされても野茂は「昔は球団も少ないし練習環境も悪かった。そんな中で活躍してる選手はものすごいタレント。ボクなんかじゃ無理」と否定しています)。
「アメリカの選手は下手」という張本さんもおかしいですね。そんな下手くその中でもさらに下手くそが日本に来て大活躍するのですから。米国でメジャーにはお呼びでないマイナー選手が日本でタイトルを獲ることはあっても、日本の二軍選手がメジャーでタイトルを獲ることはありえません。
野球を離れて、三浦知良とのエピソードも、張本さんの独善と狭量に対するカズの神対応で有名です。
「J2なんてプロ野球なら二軍。もうお辞めなさい」というお節介に、カズは「小さい頃から巨人ファンで張本さんはレジェンド。そんな人にコメントしていただけるのは光栄。もっと活躍しろとおっしゃってくれてるんだと思います」と笑って答えました。
まあ、人の意見、特に重鎮と言われるような方のご意見とは、往々にしてそんなものです。
張本さんを、厳しく老害という人もいますが、具体的な迷惑、深刻な被害は見当たりません。具体的な迷惑や深刻な被害が顕在化する重鎮のお言葉はいただけませんが(そういう人って現実の社会には多いですからね〜)、それとは少し違う気がします。
張本さんを罵倒している人たちでも、本人は気づいてないだけで楽しんでいるはずです。
昔はどこにでもいた、わけのわからないことを偉そうにほざくお爺さんは、いつの頃からか姿を消してしまいました。
これからもこの国は、そういうお爺さんを「老害」と駆逐していくのでしょう。
尊敬と寛容を放棄した、この国の未来に待ち構えているものは何でしょうか…?
紛う事なき偉大な実績を残した人は、何を言っても良い…もちろん、そんなわけはありません。
ただ、それが実害の無いものであったなら?そして、その矛先のほとんどが大谷やカズのような「強い者」に向けられているとしたら?
目くじら立てて80前のグレートに向けて罵詈雑言を寄ってたかって書き込む神経質でヒステリックな〝顔も名前も見えない若者たち〟の気色悪さの方にこそ、私には耐えられません。
張本さんはカズの〝返答〟に「あっぱれ!会ったことも話したこともないのに…どこかで会えば食事をご馳走したい」と、潔く白旗を揚げました。

今日の放送でも「メジャーは、大谷を見ていきましょうよ」と、なんだかかなり軟化しちゃってました。
もともと「メジャーに行くな」「メジャーはレベルが低い」という趣旨の、理解できない発言は繰り返していましたが、以前から大谷の才能が途轍もないものだと認めていることは誰が聞いても明らかでした。
今の時代に張本勲さんがプロ野球選手なら…。
時代と貧困と差別に翻弄された過酷な人生経験と、幼少期に負った大火傷で自由の効かない右手のハンデを乗り越えてレジェンドになったあの反骨精神が、現在のフィールドに現れたなら…やはり途轍もない選手になっていたはずです。
多彩な変化球と快速球を高い精度で投げ込む現代の投手を、ギラリと睨みつける張本勲。
左打者にとっての右手は、大切なリードの役目を果たします。大火傷でほとんど力が入りませんが、その右手こそが人生の親友です。
不自由は自由の反対語などではありません、同義語です。
力が入らないからこそ、あのヒットゾーンを目一杯使って変幻自在にヒットを放つスタイルが完成されたのです。あんな究極に柔らかいバッティング、無駄な力が少しでも入ったら、絶対に出来ません。
大きな球場の打席に立った張本勲は、つぶやくでしょう。「ヒットゾーンが広いなあ!これはやりやすい」。
そして、現代の広いフィールドにもスプレーを撒き散らすように自在にヒットの軌跡を描きまくったに違いありません。
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