ボクシングの試合は各国(米国の場合は各州)のコミッションが統括し、世界的な統括団体はありません。

WBAはスリーノックダウン制、WBCは公開採点制度など独自ルールを設けていますが、多くは統括団体が選べるオプションです。TV局の影響力が絶大の米国のリングでは、スリーノックダウン制も公開採点も特にビッグファイトではほとんど見ることができません。

アルファベット団体と揶揄される承認団体は、どれもこれも収賄体質に汚れ、その放漫経営から何度か破産寸前に陥り、捏造ランキングを恥も外聞もなく毎月発表し続けています。

アパルトヘイト政策を掲げていた南アフリカは、ほぼ全ての国際スポーツから締め出されていましたが、WBAは異様なまでにこの国に擦り寄っていました。WBAの金庫には南アのカジノ&リゾートから吸い上げたドルや、その代表的な地下資源ダイアモンドがゴロゴロ転がっていたことでしょう。

WBCは反アメリカの姿勢を強めながらも世界戦略を推進すると同時に、有力プロモーターのドン・キングを優遇する癒着政策で経済力を強めていきました。

1970年頃まで大きな影響力を持っていた「リング誌ランキング」も、やはりドン・キングとの提携から端を発した捏造スキャンダルが明るみに出てしまい、その権威は失墜します。

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そして、腐敗承認団体は1983年に第三団体IBFが誕生することでますます混迷の度合いを色濃くしてゆくのです。

米国に覇権を取り戻そうと立ち上がったロバート・リーの反旗、マービン・ハグラーvsウィルフォード・シィピオンのタイトルマッチを認めなかったWBA、ドロドロの政治劇はまた別の機会に。

ここでは、そんな醜い政争劇に巻き込まれた悲運の日本人ボクサーが世界最高峰と争った物語です。