ものすごく不公平な話ですが、スポーツ選手の人気には「舞台装置」が不可欠です。

モハメド・アリの存在感と評価は、60年代のアメリカという時代と舞台から切り離して考えることは出来ません。もしThe GREATEST が現代のリングに上がっていたらクルーザーとヘビー級の二階級制覇を果たしていたでしょうが、問題発言を連発して人間性を疑われる情緒不安定なチャンピオンとしてキワモノ扱いされるだけだったかもしれません。

長島茂雄が21世紀のサードベースだったなら、やはりある程度の人気を集めてMLBでも活躍したでしょう。しかし、誰もが明日を信じることができた高度経済成長の時代とシンクロした長島の巨大な存在感は、イチローでも大谷翔平でもけして届くことの出来ない高嶺にあります。
IMG_0576
「わざわざ持って来たんだ。礼ぐらい言ったらどうだい?」(力石徹)

ファイティング原田もまた、時代と好敵手、リング環境…全てが完璧に整えられた舞台に登場しました。

白井義男が陥落して以来8年、ボクシング人気は衰えるどころかさらなる盛り上がりを見せ、二人目の世界王者を全国民が渇望していた時代。

「フライ級三羽ガラス」ーーー海老原博幸、青木勝利との壮絶な出世争い。週に10本ものボクシング番組が放映された時代、人気のある彼らの試合は新人戦であってもゴールデンタイムで生中継されていました。

世界王者が8年間も不在でも、日本ボクシング界は正真正銘の黄金時代を謳歌していたのです。

「世界で活躍できるスポーツ選手はボクサーだけ」と信じられていた時代です。

日の丸を背負って世界王者が待つリングに上がるファイティング原田は、ワールド・ベースボール・クラシックのサムライジャパンやサッカーW杯に挑む日本代表をはるかに凌駕する熱狂的な応援と期待がかけられたのです。

あの時代に国民栄誉賞があったなら、原田は史上二人目の受賞者に輝いていたでしょう。もちろん、一人目は白井義男です。