ファイティング原田は、幸せなボクサーでした。
一つの階級に世界王者は1人しかいない時代。
その階級も原田の時代は、10階級しかなかったのです。信じられないかもしれませんが、ボクシングの世界チャンピオンは、世界に10人しかいなかったのです。今は17階級×4団体=68人というだけでなく、それぞれの団体が人気選手や、日本など金払いの良い経済力のある国の王者を優遇、もはや世界王者のベルトは最強の勲章ではなく、腐敗承認団体の不潔な目印というケースまで珍しくありません。
白井義男が陥落してから世界王者不在の“不毛の8年間”でも、毎日ゴールデンタイムでボクシング番組が放送され、2人目の世界王者を待ち焦がれていた時代。
おそらく、あの8年間は不毛などではなく、豊穣の時間だったに違いありません。そして、「過去最高数の世界王者を抱える」現在こそが、空虚で不毛の時代なのかもしれません。
よくよく考えると、パウンド・フォー・パウンドなんて概念は、世界王者が掃いて捨てるほどいる時代だから、妄想でもいいから、何でもいいから、何か確かなものが欲しいという不安の裏返しなのかもしれません。
確かなものを実感出来た原田の時代は、PFPや「階級最強は誰だ?」なんてことをメディアやファンがいたずらに議論する未来が待っているとは、おそらく思いもつかなかったはずです。というか、そんなもの、そもそも必要が無かったのです。
具志堅用高は、「 Old Timer」部門で殿堂入りを果たしましたが、「Modern(近代)」部門ではついに“入神”できずじまいでした。具志堅は長らく近代部門のノミネート選手としてウエィティングサークルで待ち続けましたが、ついにタイムアウト。張正九や柳明佑が近代部門で殿堂入りしているのは、具志堅の実績と比較すると、残念ながら納得せざるをえません。
そして原田が「近代(Modern)」で、具志堅が「旧代(Old Timer)」なんて時系列が狂ってるようにも思えますが、それが現実です。
13度防衛は素晴らしい偉業ですが、世界的には高い評価を得ることができません。
かつて、バッシングの嵐に晒された亀田興毅は「五階級制覇したら文句ないやろ!」と開き直りましたが、全くの的外れです。もちろん、彼の責任ではありません。
今の時代、オマール・ナルバエスのように何度防衛しようが、レオ・ガメスのように階級コレクションを増やそうが、まともな評価はされません。
あの、傲慢で権威が大嫌いなフロイド・メイウェザーJr.は「俺はWBC5階級制覇だぞ!」なんて間違っても口にしませんが、「俺は殿堂確実のグレートだ」とはことあるごとに叫んでいます。
亀田興毅は「殿堂入りしたら文句ないやろ!」と叫ぶのが正解でした。
どうして、日本のボクサーは「世界的に評価されたい」と口にしても、数字ばかりを追求して、殿堂には触れないのでしょうか。
長谷川穂積も西岡利晃も、「世界的に評価されたい」という思いが本気なら、世界が今なお「He is arguably Japan's greatest fighter ever.(ファイティング原田こそ間違いなく日本史上最高のファイター)」と明言している50年前の亡霊を倒さなければならなかったのです。
井上尚弥の場合は、まだ遅くはないです。
同一階級に世界王者が何人もいる時代、長谷川も西岡も、内山高志も山中慎介も「弱い相手、劣化した相手にしか勝てない」とインターネット上で容赦ない非難に晒されました。
今週のWOWOWエキサイトマッチでは「MGMグランドガーデンはビッグマッチの定番」という意味の話題が出ましたが、「西岡さんもここでやったんですよね」というフリは封印されてしまいました。少し前まではそういうやりとりもありましたが、あまりにも反論、ある意味で正論が多く寄せられて、番組的にはタブーになってしまいました。
しかし、「MGM詐欺」という非難を西岡に向けるのは、間違っています。詐欺的行為を思いついて、実行したのは彼であるはずはありません。西岡は戦っただけです。むしろ被害者です。
長谷川の挑戦者の質は劣悪で、「バンタム4トーナメントから逃げた」というのも間違っています。長谷川が強い相手と戦いたかったことは、間違いありません。彼の渇望を歪める力学が、リングの外で働いていたのです。
最近の井上でも「スーパーフライの強豪から尻尾を巻いて、バンタム最弱王者との対戦に逃げた」との批判も真実ではありません。
ファイティング原田が、21世紀のボクサーなら、長谷川や西岡、内山、山中と同じことしか出来なかったでしょう。
21世紀のボクサーは、彼らの流儀で、本当の世界チャンピオンを目指しています。
それは、私たち“戦わない奴ら”からは、ときに罵詈雑言を浴びるでしょうが、彼らが逃げることなく“戦っている” ことは間違いありません。
中島みゆきではありませんが、「戦う君のことを、戦わない奴らが笑うだろう」です。
亀田興毅の環境で育って「5階級制覇したら文句ないやろ」という発想にならない方がおかしいです。
長谷川のステイタスで、バンタム4なんて場末のトーナメントに参加する方が狂っています。
懸命にもがいて戦う西岡が自分の立場なら、傍目には理不尽に何度も与えられるチャンスでも、それを遠慮する選択肢はありません。
長谷川と西岡。
全く違うアプローチで「本当の世界チャンピオン」を目指し、木っ端微塵に打ち砕かれた 、2人のサムライの物語です。
エデル・ジョフレという、目に見える巨大な敵に立ち向かい、打ち勝った原田が偉大だということは、誰にだって、それこそ軽量級に疎い欧米のメディアでもわかります。
しかし、特殊な時代、特殊な国でボクシングを職業に選び、命をかけて疾走しても、辿り着けない、見えないゴールを、彼らのやり方で懸命に探し続けた、長谷川と西岡は、原田にはない悲しくも鮮やかな光彩を放っています。
そして…このプリズムは井上尚弥ら若い才能には、絶対に絶対に無縁のものでなければなりません。
一つの階級に世界王者は1人しかいない時代。
その階級も原田の時代は、10階級しかなかったのです。信じられないかもしれませんが、ボクシングの世界チャンピオンは、世界に10人しかいなかったのです。今は17階級×4団体=68人というだけでなく、それぞれの団体が人気選手や、日本など金払いの良い経済力のある国の王者を優遇、もはや世界王者のベルトは最強の勲章ではなく、腐敗承認団体の不潔な目印というケースまで珍しくありません。
白井義男が陥落してから世界王者不在の“不毛の8年間”でも、毎日ゴールデンタイムでボクシング番組が放送され、2人目の世界王者を待ち焦がれていた時代。
おそらく、あの8年間は不毛などではなく、豊穣の時間だったに違いありません。そして、「過去最高数の世界王者を抱える」現在こそが、空虚で不毛の時代なのかもしれません。
よくよく考えると、パウンド・フォー・パウンドなんて概念は、世界王者が掃いて捨てるほどいる時代だから、妄想でもいいから、何でもいいから、何か確かなものが欲しいという不安の裏返しなのかもしれません。
確かなものを実感出来た原田の時代は、PFPや「階級最強は誰だ?」なんてことをメディアやファンがいたずらに議論する未来が待っているとは、おそらく思いもつかなかったはずです。というか、そんなもの、そもそも必要が無かったのです。
具志堅用高は、「 Old Timer」部門で殿堂入りを果たしましたが、「Modern(近代)」部門ではついに“入神”できずじまいでした。具志堅は長らく近代部門のノミネート選手としてウエィティングサークルで待ち続けましたが、ついにタイムアウト。張正九や柳明佑が近代部門で殿堂入りしているのは、具志堅の実績と比較すると、残念ながら納得せざるをえません。
そして原田が「近代(Modern)」で、具志堅が「旧代(Old Timer)」なんて時系列が狂ってるようにも思えますが、それが現実です。
13度防衛は素晴らしい偉業ですが、世界的には高い評価を得ることができません。
かつて、バッシングの嵐に晒された亀田興毅は「五階級制覇したら文句ないやろ!」と開き直りましたが、全くの的外れです。もちろん、彼の責任ではありません。
今の時代、オマール・ナルバエスのように何度防衛しようが、レオ・ガメスのように階級コレクションを増やそうが、まともな評価はされません。
あの、傲慢で権威が大嫌いなフロイド・メイウェザーJr.は「俺はWBC5階級制覇だぞ!」なんて間違っても口にしませんが、「俺は殿堂確実のグレートだ」とはことあるごとに叫んでいます。
亀田興毅は「殿堂入りしたら文句ないやろ!」と叫ぶのが正解でした。
どうして、日本のボクサーは「世界的に評価されたい」と口にしても、数字ばかりを追求して、殿堂には触れないのでしょうか。
長谷川穂積も西岡利晃も、「世界的に評価されたい」という思いが本気なら、世界が今なお「He is arguably Japan's greatest fighter ever.(ファイティング原田こそ間違いなく日本史上最高のファイター)」と明言している50年前の亡霊を倒さなければならなかったのです。
井上尚弥の場合は、まだ遅くはないです。
同一階級に世界王者が何人もいる時代、長谷川も西岡も、内山高志も山中慎介も「弱い相手、劣化した相手にしか勝てない」とインターネット上で容赦ない非難に晒されました。
今週のWOWOWエキサイトマッチでは「MGMグランドガーデンはビッグマッチの定番」という意味の話題が出ましたが、「西岡さんもここでやったんですよね」というフリは封印されてしまいました。少し前まではそういうやりとりもありましたが、あまりにも反論、ある意味で正論が多く寄せられて、番組的にはタブーになってしまいました。
しかし、「MGM詐欺」という非難を西岡に向けるのは、間違っています。詐欺的行為を思いついて、実行したのは彼であるはずはありません。西岡は戦っただけです。むしろ被害者です。
長谷川の挑戦者の質は劣悪で、「バンタム4トーナメントから逃げた」というのも間違っています。長谷川が強い相手と戦いたかったことは、間違いありません。彼の渇望を歪める力学が、リングの外で働いていたのです。
最近の井上でも「スーパーフライの強豪から尻尾を巻いて、バンタム最弱王者との対戦に逃げた」との批判も真実ではありません。
ファイティング原田が、21世紀のボクサーなら、長谷川や西岡、内山、山中と同じことしか出来なかったでしょう。
21世紀のボクサーは、彼らの流儀で、本当の世界チャンピオンを目指しています。
それは、私たち“戦わない奴ら”からは、ときに罵詈雑言を浴びるでしょうが、彼らが逃げることなく“戦っている” ことは間違いありません。
中島みゆきではありませんが、「戦う君のことを、戦わない奴らが笑うだろう」です。
亀田興毅の環境で育って「5階級制覇したら文句ないやろ」という発想にならない方がおかしいです。
長谷川のステイタスで、バンタム4なんて場末のトーナメントに参加する方が狂っています。
懸命にもがいて戦う西岡が自分の立場なら、傍目には理不尽に何度も与えられるチャンスでも、それを遠慮する選択肢はありません。
長谷川と西岡。
全く違うアプローチで「本当の世界チャンピオン」を目指し、木っ端微塵に打ち砕かれた 、2人のサムライの物語です。
エデル・ジョフレという、目に見える巨大な敵に立ち向かい、打ち勝った原田が偉大だということは、誰にだって、それこそ軽量級に疎い欧米のメディアでもわかります。
しかし、特殊な時代、特殊な国でボクシングを職業に選び、命をかけて疾走しても、辿り着けない、見えないゴールを、彼らのやり方で懸命に探し続けた、長谷川と西岡は、原田にはない悲しくも鮮やかな光彩を放っています。
そして…このプリズムは井上尚弥ら若い才能には、絶対に絶対に無縁のものでなければなりません。


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