18戦全勝15KOのゲンナディ・ゴロフキンが、アベル・サンチェスとのコンビで最初に上がったリングは、パナマシティのロベルト・デュラン・アリーナ。

コロンビアのミルトン・ヌネスを、1ラウンド58秒の速攻でKO、WBA暫定ミドル級王座に就きました。

正規王者に格上げになって、母国カザフスタンでニルソン・フリオ・タピア、再びロベルト・デュラン・アリーナでカシーム・オウマをKOで倒して2連続防衛に成功。米国のプロモーターに向けて大きな花火を打ち上げます。

しかし、このときも米国はGGGのアピールを無視します。

ここで、サンチェスに接触してきたのがトム・ロフラー。ビタリとウラジミール、クリチコ兄弟を擁してK2プロモーションを立ち上げ、世界的なプロモーターにのし上がっていたロフラーは「GGGは米国で間違いなく成功する」と確信しました。

K2プロモーションとGGGプロモーションによる初興行は、ドイツ、デュッセルドルフ。ラジュアン・サイモンをわずか2分17秒で攻め落とします。

「サンチェスによって完成された、トップアマチュア仕込みの華麗な技術と、米国西海岸が好む強打のFun-Friendly-Styleは、米国のプレミアムケーブルTVも見逃さないだろう」。

ロフラーの考えは当たっていました。HBOもSHOWTIMEも、ゲンナディ・ゴロフキンが何者であるかを完全に理解していました。

しかし…。軽量級とは違い、全階級でも屈指の花形階級、ミドル級は、大人の事情が優先される、スポーツとは懸け離れた政治的な力学が優先される世界でした。

「アンドレ・ウォード、セルヒオ・マルチネス、フリオ・セサール・チャベスJr.、ケリー・パブリック、彼らが戦ってくれるなら報酬も条件も最大限に譲歩する」。ロフラーは、HBOとSHOWTIMEと交渉、2大ケーブルがボクシング予算縮小に苦しんでいることも考慮して必死に提案しましたが、ビッグネームとの試合が組まれることはありませんでした。


【カネロ・アルバレスと対戦するまで、GGGは「強い相手とはダニエル・ジェイコブス以外は一人も戦っていない」と批判を受け続けましたが、勇敢なカザフスタン人には、一片の責任もありません。実力者も人気者も、みんながみんな、GGGとの対戦から回避したのですから。】

2012年にWBAはスーパー王者のフェリックス・シュトルムに、正規王者のGGGとの統一戦を指示しましたが、シュトルムはIBF王者のダニエル・ギールとの団体統一戦に、あからさまに逃亡しました。

ロフラーは今でもシュトルムを「恥知らずの臆病者」と軽蔑しています。

しかし、この深刻なThe avoidance problem(誰もGGGと戦おうとしない問題)は、このとき始まったばかりだったのです。

強烈な印象を残して勝てば勝つほど、有力選手は逃げて、レベルの低い相手との防衛戦が続いてしまう。30歳を超えて全盛期の残り時間が限られているGGGにとって、弱い相手とばかり戦うことは、年齢的な劣化が進むだけではなく、実力が錆び付く懸念もつきまといます。

全盛期のマイク・タイソンやマニー・パッキャオなら、実力者や人気者も喜んで手を挙げたでしょう。危険に見合うどころか、それ以上の報酬と名前を売るチャンスが約束されているのですから。

GGGは、人気のない全盛期のタイソン、パッキャオでした。戦っても、それに見合う報酬は全く期待できず、大きな危険だけが溢れているのです。そんな相手と戦いたがる実力者や人気者がいないのは当然です。すでに築き上げたものがあるボクサーにとってゴロフキンは、絶対に避けるべき存在でした。

「ゴロフキンと戦うのはビジネスにならない」。シュトルムら逃亡者が決まって口にするセリフは、単なる言い訳ではありません。事実です。

まともなスポーツなら強いやつが世界一です。それは、世界的な統括団体が保証してくれているからです。「実力者が戦ってくれないから、トーナメントで優勝できない」なんて馬鹿げたことは起こりえません。

ところが、プロボクシングには世界的な統括団体が存在しません。多宝塔ビジネスの承認団体が跳梁跋扈し、統括は各地のコミッションに一任されています。ドーピングしようが何しようが、ライセンスを発行していない承認団体には資格停止処分の権利すらありません。

しかし、対戦相手が逃げ続ける一方で、その実直で妥協のない強さにマーケッティングの価値を見出して、カザフスタン人をサポートするサポーターは増え続けました。

世界最大のスポーツメーカー、ナイキ。スイスの高級時計メーカー、ウブロ。いずれもGGGバージョンの特別仕様シューズ、腕時計を販売しています(シューズは日本では入手困難)。


【2016年にナイキのジョーダン・ブランドとスポンサーシップ契約したGGG。ボクシングでナイキといえばパッキャオが代名詞でしたが、同性愛者への差別発言で契約打ち切り、GGGがその後を継ぎました。】

GGGが強烈に勝てば勝つほど、その呪縛もまた強く重くのしかかるThe avoidance problem。相手が逃げるのですから、GGGサイドからは、どうやっても解けない難問でした。

この問題を解いて見せたのは、超人気者であるがゆえにGGGから逃亡した印象が最も強いカネロ・アルバレスと、ゴールデンボーイ・プロモーションでした。

30歳も半ばを迎えたGGGが劣化の坂道を下っているのは、間違いありません。カネロ陣営は、その兆候を注意深く見守りながら、そのときを待ち続けました。

もし、今年3月のジェイコブス戦で圧倒的なKO勝ちを収めていたら、9月16日はありえなかったでしょう。ジェイコブスにトドメをさせないばかりか、その体格に押される場面も目立ったカザフスタン人の姿に勇気付けられたオスカー・デラホーヤは、ついにGOサインを出すのです。