2017年ボクシング名誉の殿堂の式典が先週末で終わりました。

今年、モダーン部門で殿堂入りを果たしたイベンダー・ホリフィールド、マルコ・アントニオ・バレラの他にも、すでに殿堂入りしているマービン・ハグラーやマイケル・スピンクス、ピピノ・クエバス、これから殿堂入りのレガシーを築いていくデオンティ・ワイルダーや、ダニエル・ジェイコブスらもオープンカーのパレードに参加しました。

残念ながら殿堂入りのキャリアには届かなかったジェリー・クーニーやフェルナンド・バルガス、アンドリュー・ゴロタら元人気選手も、専用のオープンカーで行進、栄えある式典に花を添えました。

さて、この式典に参加することが叶わなかったジョニー・タピアに代わって、スピーチの演台には未亡人のテレサが上がりました。

「ジョニーにとって殿堂入りすることの意味は計り知れません。初めて世界王者になった時に、彼はここ、カナストータの殿堂に連れて行ってくれたことがあります。

彼は『モハメド・アリやジョー・フレージャー、あまたの伝説がここを歩いたんだよ』と感慨に耽っていました。

彼がこの世に生を受けた時、父親はいませんでした。8歳の時には、乱暴された挙句に惨殺された母親の死体を見てしまいます。彼は、自伝にも記しているように地獄の底で生きてきました。

地獄の記憶から逃げるために、ドラッグと酒に何度も、何度も溺れました。

それでも、悪魔が跳梁する日常から逃れられる場所を、どんな幻覚も現れない、どんな幻聴も聞こえない、神聖な場所を、彼はたった一つだけ見つけました。

ボクシングの四角いリングの上です。

リングにさえ上がれば、そこまでは悪魔は追いかけて来ませんでした。リングの上では、母親の悪夢を見ることも、幻覚も現れません、幻聴も聞こえません。
リングの上だけが彼にとって、唯一無二の清廉な安らぎの場所だったのです。

その彼が、殿堂入りするのです。彼の人生は幸せだったのか、それとも不幸せだったのか?…彼はいつも自問自答していましたが、答えは明らかです。本当に幸せな45年間の人生でした」。


【ジョニーが亡くなった後も、ジョニーの家族からひどい暴力を受けるなど波乱の人生を送っているテレサ・タピア。かつて、夫と訪れた夢の地、カナストータで淡々とスピーチする姿には、彼女の人生こそが「幸せだったのか?それとも…」、複雑な思いが交錯してしまいます。】

タピアは2002年4月、マヌエル・メディナを下してIBF世界フェザー級王座を獲得、3階級制覇に成功します。しかし、IBFの指名挑戦者との対戦を拒否、初防衛戦もしないまま王座は剥奪されてしまいました。

この時、タピアが選んだのは、マルコ・アントニオ・バレラとの一大決戦でした。

バレラは前戦で宿命のライバル、エリック・モラレスから奪ったWBC世界フェザー級王座を即日返上していましたが、リング誌認定の世界タイトルを保持。ナジーム・ハメドにも完勝したバレラは、当時のPFPランキングでもロイ・ジョーンズやバーナード・ホプキンスらと共にトップグループを形成する階級を超えた掛け値なしのスター選手でした。

2002年11月ラスベガスのMGMグランドガーデンで行われたビッグファイトに敗れたタピアは、紆余曲折のキャリアを辿りながら、2011年まで現役を続けますが世界タイトルマッチの機会はこのバレラ戦が最後となりました。

そして、引退から1年、2012年5月27日。アルバカーキの自宅でタピアは遺体で発見されます。

死因は不明ですが、体内からは薬物は検出されませんでした。4度の死亡診断から、ことごとく蘇ったタピアでしたが、5度目はありませんでした。

45年の生涯でした。
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その死因は一説によると、身体中に掘られた刺青から細菌に感染、C型肝炎を引き起こしたとも言われています。

悪魔から逃れるために、必死で掘り続けた神々の刺青が彼の生命を奪ったのだとしたら、なんて皮肉なことでしょう。


…いいえ、もしかしたら、そうではないのかもしれません。

全身に掘られた神様が、唯一の安らぎの場所リングに上がることが出来なくなったタピアを、最愛のボクシングを喪ってしまったタピアを「もう十分頑張ったよ」とねぎらい、天国に招いたのかもしれません。