5月20日有明コロシアムで開催決定した WBA世界ミドル級タイトルマッチに向けて、ウエルター級と並んで世界で最も華やかな階級の名場面を振り返っていきます。
今日は4月5日。明日4月6日で今なお激しい議論が展開され続けているあの試合からちょうど30年を迎えることになります。世界統一ミドル級タイトルマッチ、王者マーベラス・マービン・ハグラーvs挑戦者シュガー・レイ・レナード。
この試合はフロイド・メイウェザーvsマニー・パッキャオ同様、6年間もかけて成立した全世界待望の一戦でした。しかし、ボクシングシーンを牽引し続ける二人のスーパースターがついに雌雄を決するメイウェザーパッキャオが大歓迎された一方で、この試合は開催決定した瞬間から非難轟々でした。
【リング誌最新5月号もアニバーサリーを迎えた史上最も議論を呼ぶ一戦を特集しています。】
その激しい批判の矛先は、
①レナードは実質5年間のブランクがあり、WBA、WBC、IBFどの承認団体のランキングにも入っていない。レナードには王座に挑戦する資格はない。②引退状態のレナードはウェルター級の選手でミドル級を恐怖で支配するハグラーに勝ち目はない。1対1のリンチ、残酷なショウになることがわかっている試合を許してはいけない。
という誰もが疑念を持つ2点に向けられました。
①は、はっきりとその顔を見せたこのスポーツの暗黒面です。どんな屁理屈をこねてもレナードがハグラーのタイトルに挑戦する資格はありません。
前年1986年5月1日にレナードはワシントンDCで「ハグラーとの一戦だけにリングに戻る」とTVインタビューに答え、世界を驚かせます。3月に行われたジョン・ムガビとの防衛戦で解説者席に座ったレナードがハグラーの弱点をいくつも指摘、対戦相手として分析しているようにしか見えませんでしたが、それでも本気でハグラー戦を考えているとは誰も予測すら出来ませんでした。
WBAとIBFがタイトルマッチとして承認することを相次いで見送り、世界タイトルマッチの開催に暗雲が立ち込めますが、WBCは最初から乗り気でした。レナードが復帰宣言してからわずか16日後の5月17日にレナードの功績を讃えるパーティーを開催、モハメド・アリやジョー・フレージャーらレジェンドを集めましたが、明らかにハグラー戦に向けた壮行会でした。
WBCのホセ・スライマン会長は、レナードに挑戦資格はないという正論に対して「WBCはこの試合をタイトルマッチとして支持する。レナードは他の挑戦者とは違う、偉大な元王者だからだ」と意味不明の妄言を吐き、ドン・キングも「レナードは不可能を可能にする男だ」と何のロジックもない言葉を口にしました。
そんなお祭りムードの中で、ニューヨーク州体育協会は「ランキングの問題は我々が関知するところではない」としながらも「彼の眼が我々の健康診断をパスすることができない以上、レナードの復帰をニューヨーク州は絶対に認めない」と冷静なコメントを発表します。ワシントンでの復帰宣言と〝壮行会〟に続き、試合会場の候補の一つマジソン・スクエア・ガーデンで正式発表されるとみられた東海岸を舞台にした一連の流れは一旦絶たれますが、もはや世紀の一戦は誰も止めることの出来ない大きなうねりとなっていました。
「THE SUPER FIGHT」と銘打たれた試合の会場は本命のシーザースパレス(ラスベガス)に落ち着きます。メガファイトのたびに巨大駐車場とテニスコートに仮設の大会場を組み上げるシーザースパレスが長らくボクシング界の中心でしたが、のちにMGMとの招致合戦に嫌気をさしてボクシングビジネスから手を引きます。しかし、それはまた別の話、別の機会があれば。
会場近くには宇宙人と交信するつもりかというような巨大なアンテナが6台も設置され、全世界への衛星放送の準備が進められ、広大な宴会場がプレスルームにあてがわれましたが、31カ国から集まったメディアの数は優に1000人を超え、十分な広さではありませんでした。
桁違いのイベントの予感が、「レナードに挑戦資格はない」「残酷な見世物をやめさせろ」という正論を木っ端微塵に打ち砕いてしまいます。試合が近づくにつれ、正論を語る者は専門家ですら少なくなり、あろうことかレナード勝利を予想するメディアまで現れます。
カジノの掛け率もおかしな様相を呈します。試合が発表された時の4−1のオッズは「レナード贔屓の驚くほど接近した数字だが、試合が近づくにつれてその差は現実の実力と同様に大きく開くだろう」と誰もが思っていましたが、試合当日には3−1とさらに接近するのです。
そして、今なおミドル級史上最大のメガファイトとして語り継がれるとてつもない巨大イベントのゴングが打ち鳴らされました。
この試合で最低保障された報酬はハグラーが1200万ドル(当時の為替で18億円)、レナードが1100万ドル(同16億円)。ここにクローズドサーキットとゲート収入の歩合が加算されたメガファイトでした(人気者レナードは報酬でハグラーに譲歩、その引き換えに10オンスのグローブと12ラウンド制、広いリングを手に入れます)。
中量級全盛期のクライマックスを戦った二人のスーパースターと、今の村田を比較することはさすがに憚られます。しかし、現在最強と目されるゴロフキンは人気はないものの、このカザフスタン人に初黒星をなすりつけようものなら、村田の偉業の評価は階級まで考慮するとファイティング原田を上回るかもしれません。さらに、カネロの人気はレナードにも準ずるレベルで、この赤毛のメキシカンと対決するとなると村田の報酬もレナードハグラー並みに跳ね上がったとしても何の不思議もありません。
軽量級には許されない正真正銘のアメリカンドリームの片道切符を村田は確かに手に入れました。5月20日に発車するこのこの夢の列車がどこまで日本のボクシングファンを連れて行ってくれるのか。この大いなる夢が5月21日以降も続いていることを願ってやみません。
今日は4月5日。明日4月6日で今なお激しい議論が展開され続けているあの試合からちょうど30年を迎えることになります。世界統一ミドル級タイトルマッチ、王者マーベラス・マービン・ハグラーvs挑戦者シュガー・レイ・レナード。
この試合はフロイド・メイウェザーvsマニー・パッキャオ同様、6年間もかけて成立した全世界待望の一戦でした。しかし、ボクシングシーンを牽引し続ける二人のスーパースターがついに雌雄を決するメイウェザーパッキャオが大歓迎された一方で、この試合は開催決定した瞬間から非難轟々でした。
【リング誌最新5月号もアニバーサリーを迎えた史上最も議論を呼ぶ一戦を特集しています。】
その激しい批判の矛先は、
①レナードは実質5年間のブランクがあり、WBA、WBC、IBFどの承認団体のランキングにも入っていない。レナードには王座に挑戦する資格はない。②引退状態のレナードはウェルター級の選手でミドル級を恐怖で支配するハグラーに勝ち目はない。1対1のリンチ、残酷なショウになることがわかっている試合を許してはいけない。
という誰もが疑念を持つ2点に向けられました。
①は、はっきりとその顔を見せたこのスポーツの暗黒面です。どんな屁理屈をこねてもレナードがハグラーのタイトルに挑戦する資格はありません。
前年1986年5月1日にレナードはワシントンDCで「ハグラーとの一戦だけにリングに戻る」とTVインタビューに答え、世界を驚かせます。3月に行われたジョン・ムガビとの防衛戦で解説者席に座ったレナードがハグラーの弱点をいくつも指摘、対戦相手として分析しているようにしか見えませんでしたが、それでも本気でハグラー戦を考えているとは誰も予測すら出来ませんでした。
WBAとIBFがタイトルマッチとして承認することを相次いで見送り、世界タイトルマッチの開催に暗雲が立ち込めますが、WBCは最初から乗り気でした。レナードが復帰宣言してからわずか16日後の5月17日にレナードの功績を讃えるパーティーを開催、モハメド・アリやジョー・フレージャーらレジェンドを集めましたが、明らかにハグラー戦に向けた壮行会でした。
WBCのホセ・スライマン会長は、レナードに挑戦資格はないという正論に対して「WBCはこの試合をタイトルマッチとして支持する。レナードは他の挑戦者とは違う、偉大な元王者だからだ」と意味不明の妄言を吐き、ドン・キングも「レナードは不可能を可能にする男だ」と何のロジックもない言葉を口にしました。
そんなお祭りムードの中で、ニューヨーク州体育協会は「ランキングの問題は我々が関知するところではない」としながらも「彼の眼が我々の健康診断をパスすることができない以上、レナードの復帰をニューヨーク州は絶対に認めない」と冷静なコメントを発表します。ワシントンでの復帰宣言と〝壮行会〟に続き、試合会場の候補の一つマジソン・スクエア・ガーデンで正式発表されるとみられた東海岸を舞台にした一連の流れは一旦絶たれますが、もはや世紀の一戦は誰も止めることの出来ない大きなうねりとなっていました。
「THE SUPER FIGHT」と銘打たれた試合の会場は本命のシーザースパレス(ラスベガス)に落ち着きます。メガファイトのたびに巨大駐車場とテニスコートに仮設の大会場を組み上げるシーザースパレスが長らくボクシング界の中心でしたが、のちにMGMとの招致合戦に嫌気をさしてボクシングビジネスから手を引きます。しかし、それはまた別の話、別の機会があれば。
会場近くには宇宙人と交信するつもりかというような巨大なアンテナが6台も設置され、全世界への衛星放送の準備が進められ、広大な宴会場がプレスルームにあてがわれましたが、31カ国から集まったメディアの数は優に1000人を超え、十分な広さではありませんでした。
桁違いのイベントの予感が、「レナードに挑戦資格はない」「残酷な見世物をやめさせろ」という正論を木っ端微塵に打ち砕いてしまいます。試合が近づくにつれ、正論を語る者は専門家ですら少なくなり、あろうことかレナード勝利を予想するメディアまで現れます。
カジノの掛け率もおかしな様相を呈します。試合が発表された時の4−1のオッズは「レナード贔屓の驚くほど接近した数字だが、試合が近づくにつれてその差は現実の実力と同様に大きく開くだろう」と誰もが思っていましたが、試合当日には3−1とさらに接近するのです。
そして、今なおミドル級史上最大のメガファイトとして語り継がれるとてつもない巨大イベントのゴングが打ち鳴らされました。
この試合で最低保障された報酬はハグラーが1200万ドル(当時の為替で18億円)、レナードが1100万ドル(同16億円)。ここにクローズドサーキットとゲート収入の歩合が加算されたメガファイトでした(人気者レナードは報酬でハグラーに譲歩、その引き換えに10オンスのグローブと12ラウンド制、広いリングを手に入れます)。
中量級全盛期のクライマックスを戦った二人のスーパースターと、今の村田を比較することはさすがに憚られます。しかし、現在最強と目されるゴロフキンは人気はないものの、このカザフスタン人に初黒星をなすりつけようものなら、村田の偉業の評価は階級まで考慮するとファイティング原田を上回るかもしれません。さらに、カネロの人気はレナードにも準ずるレベルで、この赤毛のメキシカンと対決するとなると村田の報酬もレナードハグラー並みに跳ね上がったとしても何の不思議もありません。
軽量級には許されない正真正銘のアメリカンドリームの片道切符を村田は確かに手に入れました。5月20日に発車するこのこの夢の列車がどこまで日本のボクシングファンを連れて行ってくれるのか。この大いなる夢が5月21日以降も続いていることを願ってやみません。
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