先日、 NHKで放送された「あの負けで私は強くなった『ボクシング・長谷川穂積』」。

ご覧になった方も多いと思います。素晴らしい出来栄えの番組でした。ボクシングファンとしては、ああいう番組をもっと、もっと観たいですね。

番組の中で、長谷川穂積はフェルナンド・モンティエルに負けたことで「〝ボクシングの本場・ラスベガス進出〟の夢が絶たれた」と語りました。その一方で、モンティエルは13歳の時に落書きのように書いた「〝東京〟で世界王者になる」という紙切れを大切に額縁に入れて、自宅に飾っていました。

それは、日本の多くのボクサー(トップ選手でさえ)やファンが「ボクシングの本場はとにかく、何が何でもベガス!だってベガスはかっこいいから!」と倒錯的に誤解していることを表す象徴的な場面でした。

モンティエルはラスベガスなど米国西海岸で戦い続けていましたが、その1試合の報酬は日本のサラリーマンの平均年収にも届かないものでした。3階級制覇した、ファンベースのあるメキシコ人王者ですら、人気選手でなければそれが現実なのです。同胞のエリック・モラレスやアントニオ・マルコ・バレラといったスター選手の報酬とは、桁が二つも違いました。

長谷川vsモンティエルは日本でやったからこそ、あれほどの熱気を孕んだのです。もし、無理やりベガスでやったら興行規模も盛り上がりも半減どころじゃ済まなかったでしょう。MGMグランドアリーナやマジソンスクエアガーデンの大会場でメインイベントなんて絶対にありえません。ドネアvsギジェルモ・リゴンドー戦のような、軽量級の面白さを理解出来る日本のファンが見ると、悲しいほどひっそりした舞台になっていたことでしょう。

同じことが西岡利晃vsノニト・ドネアにも言えます。「スーパーバンタム級で日本のエースがPFP10傑に数えられるドネアに挑む」。日本でやった方が、はるかに注目されます、報酬も膨らみます、その光景は世界に報道されます。でも、ベガスでやると「どこでもある不人気階級の世界戦の一つ」でしかありません。西岡ドネアが日本開催ならどれほど盛り上がっていたことでしょう。この試合より前に「ベガスが本場」に取り憑かれた暗愚な人々が西岡vsラファエル・マルケスを「MGMでメイン」と吹聴して開催してしまいましたが、あれこそまさに喜劇でした。

IMG_4035


=モンティエルは「日本や東京はボクシングを始めた頃から知っていた。日本で開催される(軽量級の)世界タイトルマッチが最も大きな報酬と名誉をもたらしてくれると教えられてきたから」と長谷川戦前に専門誌で語っていましたが、番組ではそこには触れていません。

長谷川は「ほんまや!TOKIO JAPONって書いてある!」と、モンティエルが少年時代に書いた夢の言葉に見入ってましたが、その驚きは「未来を予見していたのか!」という感慨に聞こえましたが、全くの見当違いです。

メキシコは比類なきボクシング大国ですが、決して豊かな国ではありません。特に軽量級の場合は一部の人気選手を例外にして、彼らが目指す憧れの聖地、一攫千金の土地は日本なのです。

どうして、いつから、こんな誤解がまかり通るようになったのでしょうか?

このボクシング界のイビツな海外志向、特に盲目的なラスベガス信仰は、サッカーJリーグの傑出した選手が欧州を目指し、野茂英雄がメジャーリーグに斬り込んだ1990年代以降、より顕著になりました。

その底流にあるのは「世界的なスポーツは欧米のメジャーな国へ進出するのが格好いい」ということでしょう。これはメディアの責任も重大です。

好き勝手なことを書いてしまいますが、ボクシングが大好きだから、誤解している人が多すぎること、大好きなトップ選手まで勘違いしていることが悲しくて仕方がありません。

ヒスパニック出自でエキサイティングな試合を見せる稀有なファイターを例外にすると、フェザー級以下のボクサーがラスベガスで寵愛されることはありえません。「マニー・パッキャオはフェザー級で100万ドル単位のプレーヤーになり、ラスベガスで最も人気のあるボクサーになったじゃないか!」と訝る方もいるでしょうが、パックマンは「ヒスパニック出自の超超超人気選手」を向こうに回し、〝青コーナー〟(相手に有利な条件、契約、報酬、リング外の全てを譲歩させられる)から飛び出し、ビッグネームをことごとく撃ち落とした、とんでもない化け物です。

そう、パッキャオは、リング外ではどんなに酷い譲歩を強いられても黙ってそれを全て飲み込み、リングの中では1ミリの譲歩もしなかったのです。そんな芸当は、まともな人間には出来るわけもありません。

ラスベガスを夢想していた長谷川は「条件さえ整えばいつでもラスベガスへ行く」とその覚悟を語っていましたが、当時無敵の世界王者とはいえバンタム級の日本人では、ベガス需要は皆無です。長谷川の「条件さえ整えば」を翻訳すれば〝青コーナー〟では行けない、ということです。

そりゃそうです。日本でやる方がはるかに報酬が大きいのに、しかも対戦相手に有利な条件で、どうしてわざわざベガスで戦う必要があるでしょうか。

日本でトップを走っているバンタム級やフライ級の選手がベガスにのこのこ出て行く意味は全くありません。「欧米で活躍するサッカーや野球の選手は格好いいなあ」なんて思ってはいけません。そもそも競技が違うんですから、本場も違って当たり前です。