いつから、ボクシングの世界チャンピオンがスポーツ界を代表する有名人ではなくなったのでしょうか?

現在、ボクシングファンの中でも飛び抜けて存在感の大きい井上尚弥でも、一般的な生活者レベルでは彼を知らない、試合を見たことがない人は少なくありません。


白井義男(フライ級:1952ー54)、ファイテング原田(フライ級:1962ー63/バンタム級:1965−1968)、海老原博幸(フライ級:1963−1964、WBA1969)、藤猛(ジュニアウエルター級:1967−1968)、沼田義明(ジュニアライト級:1967、WBC1970−1971)、小林弘(WBAジュニアライト級:1967−1971)、西城正三(WBAフェザー:1968−1971)、大場政夫(WBAフライ級:1970−1973)、柴田国明(WBCフェザー級:1970−1972/WBAジュニアライト級:1973/WBCジュニアライト級:1974−1975)、輪島功一(ジュニアミドル級:1971−1974、1975、WBA1976)、ガッツ石松(ライト級:1974−1976)…1970年代中盤までの、この11人は当時を知らなくても最も有名なスポーツ選手の1人で、対抗できるのは大相撲の横綱やプロ野球の長嶋や王くらいだったでしょう。

12人目の大熊正二、花形進、ロイヤル小林は日本を代表するスポーツ選手とはいえなかったかもしれません。


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そして、最後の国民的英雄、具志堅用高(ジュニアフライ級:1976−1981)。1980年代以降は、渡辺二郎や浜田剛史、辰吉丈一郎、亀田興毅、井上尚弥らが高い関心を集めましたが〝最初の11人〟と具志堅のようなポジションを獲得するファイターは現れていません。

井上尚弥が語った「辰吉丈一郎さんだったり、畑山隆則さんだったり、あの沸かした時代を取り戻したい」。


日本人30人目の王者・辰吉はWBCバンタム級で、暫定を含めて3期(1991−1992/1993(暫定)/1997−1998)にわたって王座に就きました。40人目の畑山はWBAジュニアライト級(1998−1999)、WBAライト級(2000)でタイトルホルダー。

ボクシングの世界戦は地上波生中継が基本でしたが「世界チャンピオンの名前はみんな知っている」という黄金時代は、とうの昔に過ぎ去っていました。


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そして、1993年生まれの井上は辰吉や畑山をリアルタイムでは覚えていないのではないでしょうか。

つまり「辰吉丈一郎さんだったり、畑山隆則さんだったり、あの沸かした時代」は、黄金時代ではありませんでしたが、24歳でボクシングを始めた井上真吾トレーナーがこのスポーツへの情熱を膨らませた時期です。

父親から「(今は亀田一家が汚してしまったが)昔は沸いていた」という話を聞き、一連の発言につながったのでしょう。

あの時代。それは私が上京して、後楽園ホールによく足を運んでいた頃でもあります。まさに、私にとってもIN OUR TIME(我らの時代)でした。

まだ、日本人が活躍する「世界」と名の付く舞台で最も身近だったのが、ボクシングのリングだった時代。

まだ、野茂英雄も中田英寿もいなかった〝世界革命前夜〟。

1990年代をまるっと飲み込んだ辰吉と畑山。

IN OUR TIMEを、思い出すままに、振り返ってゆきます。