
年間アウォード表彰式ではカネロもウシクも、あのデュランですら脇にやって長官がセンター…世界中のボクシングファンから唾棄されました。
トゥルキ・アラルシク。このブログではさんざん指摘してきましたが、彼はその登場からして怪しさ満点でした。
2019年に「幼い頃からのボクシングファン。その頃のボクシングは輝いていた。ボクシングの社会的ステイタスが下落する一方の現実をストップさせ、タイトルの価値を引き上げ、ボクシングを再興したい」と意気込んで、ボクシング界に参入。
1981年にサウジアラビアで生まれたアラルシクが「輝いていたボクシング」というのは、いつのことでしょうか?1981年なら、私が米国ボクシングに惹き込まれたのと同じ時期、史上最高の試合と評価されることもあるシュガー・レイ・レナードvsトミー・ハーンズの第1戦が行われる年です。
もちろん、彼はまだ生まれたばかりの0歳ですから、4KINGSのラウンドロビンに熱狂したとは思えません。マイク・タイソンが東京ドームに沈んだ1990年、彼はまだ9歳。
90年代から以降は、ボクシングが輝いていたとは到底言い難く、彼が夢中になったというのはいつの時代なのでしょうか?
そして、現在繰り広げられているリヤド・シーズンを見れば一目瞭然、サウジアラビアにはボクシング熱はありません。歴史上、著名なファイターも存在しません。
そして「長年のボクシングファン」。その言葉に納得できるような言動を、私はついに一度も耳にすることはありませんでした。ある意味、嘘が下手くそな正直者ともいえるかもしれません、いや「正直者」はないか。
「ファンが見たいカードをPPVではなく課金など無しで提供する」という言葉については、既存のプロモーターでは不可能だったオレクサンデル・ウシクがそれぞれ2試合を戦ったアンソニー・ジョシュア、タイソン・フューリーとの激突をあっさりと実現させました。
また、ライトヘビー級のドミトリー・ビボルvsアルツール・ベテルビエフというマニア垂涎の大勝負もサウジで2試合も開催しました。
著名なファイターが存在しないがゆえにアウエーもホームもないサウジで行われたビッグファイトが、公正な採点だったことも、もっと注目して、評価しても良かったかもしれません。
もし、サウジの参入があと15年早ければ、フロイド・メイウェザーvsマニー・パッキャオは鮮度抜群のタイミングで実現していた可能性もあります。
さらに、認定団体によるタイトルの価値をいたずらに暴落させるだけの階級の細分化や、デタラメランキングにもとづいたデタラメタイトルマッチに対してNOを突きつけました。

2022年の廃刊の際には「100年前の創刊号をテックス・リカードとロンズデール卿にしたのがそもそもの間違い。当時人気絶大だったジャック・デンプシーこそがふさわしかった」と100年の反省の弁を述べたリング誌でしたが…長官はたびたび表紙や記事中の写真に登場。「リング誌を愛読していた」というのも、おそらく嘘だったのでしょう。
「長年のボクシングファン」というのは眉唾ですが「認定団体がボクシングをダメにした」「ファンが望むカードを実現させないプロモーターは悪」「無駄なクラスが多すぎるフェザー級以下の7階級は1つか2つに集約すべき」…その主張の多くは正論でした。
「腐りきったボクシング界を改革する」なんてかっこいいこと言いながら、現状の秩序をかき回すだけ掻き回して退場した…それが事実かもしれませんが、ボクシング界に貴重な問題提起をしたのは間違いありません(その真の目的がスポーツウォッシングという問題は一旦外して)。
また、サウジの後ろ盾がなければここまで強烈な〝侵略〟は出来なかったであろうダナ・ホワイトの挑戦はまだ続くでしょう。
コメント