山口良治が亡くなりました。

私の印象では「泣き虫先生」というより、山口良治は「愛と鉄拳の使う手練れ」でした。

私が彼を知ったときは、すでに運動部の生きる伝説で「スクール⭐︎ウォーズ」は見ていないんです。中学時代は野球に熱中し、高校に入ってからは野球と陸上競技部と掛け持ち、名画座にこもって映画にも取り憑かれていた私はそれなりに忙しく、毎週夜の決まった時間に連続ドラマを観るという余裕はありませんでした。

その影響でしょうか、テレビドラマは今でも全く興味が湧きません。

そんな中高時代を過ごした1980年代、野球を別格にするとラグビーは人気スポーツで、サッカーよりも注目されていました。

Jリーグも野茂英雄のMLBもラグビーW杯も、まだ何も起きていない時代です。

当時、山口良治の教え子の1人、平尾誠二はスポーツファンなら誰でも知っているビッグネーム、もしかしたら今なお「最も有名なラグビー選手」かもしれません。

ラグビーは箱根駅伝を遥かに凌ぐ、最も人気のある大学スポーツでした。

しかし、高校時代にラグビー部からも熱心に勧誘を受けても「ラグビーなんて実業団止まりで、夢がない。最もレベルの高い実業団よりも関東対抗戦グループが人気があるなんて狂ってる」と興味がありませんでした。

それでも、平尾が野球からラグビーに鞍替えした理由を「野球は部員が多くて球拾いとか下積みばかり。ラグビー部を見たら、12~13人程度、先生もとてもいい先生で楽しそうに練習をしていたから」という意見には、心の中で激しく同意していました。

陸上競技と兼部していた私の目に、この二つの部活の決定的に大きな違いは「楽しそうに練習」「正選手でなくても練習(オープン)試合などに出場できる」ということでした。

陸上部と野球部の練習時間が重なるとき、私は野球部と同じグラウンドでの練習は避けて、ロードや不整地を走るファルトレクへと校外に出ました。私の場合ほとんどありませんでしたが、女子部員と談笑したり、スポーツドリンクを飲むのも当たり前という、野球部とは全く別の惑星の光景の中にいる私を見せたくない、それはたいへん申し訳ないと湧き上がる巨大な後ろめたさがあったからです。

それでも、そんなラグビーでも泣き虫先生の愛と拳は唸っていました。

私の時代、中高では野球部の練習の厳しさは他の部活とは一段違うレベルでした。

しかし、顧問の先生や上級生による体罰や、先輩後輩の理不尽な上下関係もありませんでした。中学時代に野球部の顧問、高校時代に陸上部の先輩から、殴られたことはありましたが、いずれも納得できるものでそれを「罰」ではなく、「君にはこうあって欲しい」という評価、願い、私も共有した目標からかけ離れたプレーをしたことへの指導や希望の延長にあったと実感できました。

中学時代の先生はチームの緩みを最も効果的に指導するのに、私が格好の存在だったことが何も言われなくても理解できました。

卒業式のとき、3年生一人一人にしっかり励ましの声をかけた先生が私にだけ短く「ありがとうな」と言ってくれたとき、同輩たちに「こいつだけ、それだけ?!」と大笑いしてましたが、どういう意味なのかは、笑ったチームメイトもわかっていました。

中長距離ブロックが弱くて戦う姿勢を見せないことに不満を持っていた高校の先輩は「野球部の君が戦う姿勢を見せて」と勧誘されて陸上部に入り、彼女からは「1秒でも速く1つでも上の順位を目指すんが、面白いとこやん?1500mでも最初から攻めるの、当たり前やん?順位で次のステージに進む大きな大会なら別やけど」みたいな話をされて、それを受け入れてたのに、大きな試合とは言えない対校戦、私の実力が頭一つ抜けてるレースで、彼女が最も忌み嫌う走りをしてしまったから「何で?どうして?」更衣室に連れ込まれて殴られたのでした。



ーーー殴られた方が納得してたら許されるのか?他の部員が殴られてるのを見たら?その子の親や兄妹が見たら?

野球部では、それが円陣を組んで気勢をあげるのと同じチームを鼓舞する一つの儀式であること、陸上部なら、先輩自ら勧誘して引き入れた私の背信への悲しみだったことがほとんどのチームメイトに理解されていました。

私の家族も「死なない程度によろしく」と笑ったでしょう。

先生も先輩も、私を殴るとき、きっと睨んだ目は潤んでいました。泣き虫先生もそうだったと思います。

もちろん、今の時代、それで済む話ではないのかもしれません。

私も、強豪校で理不尽な罰としての暴力や、憂さ晴らしのための暴力などは犯罪行為で、根絶すべきだと思います。

そんな強豪校から有名な選手に羽ばたいたスターたちが、寮や合宿所で受けた理不尽な暴力を面白おかしく話すのをよく聞きます。バラエティ番組としては許容範囲なのでしょうが、暴力が大きな問題に膨れ上がっている現代で、そこに真摯に向き合うなら、自分が受けた暴力に対する恐怖や悲しみと、おそらく彼らも手を染めたであろう暴力行為を懺悔して伝えることが、非常に重要な社会的メッセージになるはずです。

そんな不条理が罷り通る強豪校(強豪校だけではないかもしれませんが)の寮生活を振り返って、1人残らず全ての元選手たちは「あの頃にだけは戻りたくない」と嫌悪します。

寮も合宿所もなく、強豪校でもありませんでしたが、私が「あの頃に戻りたいか?」と聞かれたら、その気持ちは強烈にあります。私にとってのあの頃、嫌悪する時間、思い出は一つもありませんでした。






話は飛躍するのかもそれませんが、AIなどなければ阿部慎之助の長女投げ飛ばしは、長女の言う「父親との初めての取っ組み合い」で時間が笑話にしてくれたと思います。

そうだとしても、どんな経緯があってもやはり暴力はとにかく絶対的にダメだから、AIがなくて表沙汰にならずに家族で解決して笑話になっても、そんな事実があったのなら児童相談所なり警察が介入すべきだと思いますか?

時間が経った未来に、長女が「父親に投げ飛ばされた」と笑い話をしても、「それは全く笑えない話。今からでも父親は罪を認めて謝罪して、しかるべきペナルティを課せられるべき」と、あなたは考えますか?

かくいう私は、後輩や子どもに手を挙げたことは一度もありません。おそらく、その最大の理由は…山口良治や、野球の顧問の先生、陸上部の先輩のような愛情が欠落していたからです。



勉強を教えてた子に一度だけ、確信的に酷い言葉を浴びせたことがありましたが、それはここで書くには、まだまだ自分の中で消化しきれてない気がしますが。