ラスベガスはいつからボクシングの〝本場〟と呼ばれるようになったのでしょうか?

ラスベガスはいまでこそ、地域住民も増え、年間80試合前後を開催するMLBの球場が建設され、他の大都市に近いカラーを帯びるようになりましたが、そもそもが欲望丸出しのはSin City(罪の街)。

Windy City(風なびく街:シカゴ)、Emerald City(緑美しい街:シアトル)、Space City(宇宙に繋がる街:ヒューストン)などの「なんだかいいなぁ」な街や、〝モーターシティ・コブラ〟トーマス・ハーンズでお馴染みのMoter City(自動車産業の城下町:デトロイト)、最近の日本製鉄の買収騒動でも有名になったUSスティールが本社を構えるSteel City(製鉄の街:ピッツバーグ)などの「街を隆盛させた産業」を異名に持つ、そんな街々とは少し毛色が違います。

ラスベガス

運営側にとって世界中から享楽的な人々が集まるラスベガスで試合を行う最大のメリットは、大金をばら撒いてくれる人を目当てにカジノが招致料を支払ってくれること。

マディソン・スクエア・ガーデン(MSG)やヤンキー・スタジアムでの興行には当たり前に会場費の支払いが発生しますが、ラスベガスのビッグファイトは会場費を取らないばかりか、莫大な招致料まで用意してくれるのです。

西岡利晃のMGMグランドと井上尚弥のTモバイル・アリーナは、PPVが付かない(課金するほど人気がない)のはまだしも、間違いなく会場費を支払っていますから摩訶不思議な興行なのです。会場費やその他諸々の経費も〝憧れ料〟と考えればいいのかもしれませんが、ラスベガスで興行を打つとは、そういう「自分でカネを払う腰の低い押し売り」ではありません。

米国でのプロボクシングが衰退し続けている最大の理由はタイトルの価値をみずから貶めてきたからですが〝ラスベガス〟もその一つと考えて差し支えありません。

ニューヨークやラスベガス、シカゴ、普通の大都市に住む普通のスポーツファンにとってラスベガスはけして近い場所ではありませんでした。

ビッグファイトはPPVオンリーで無料テレビでは見れない(井上の試合など日本人選手の試合を配信しているESPN+などは追加料金なし・実質無料)、市民からは遠いラスベガスでの開催。

PPVがらみの権利関係からメディアにとってもスポーツニュースで報道するのに金がかかるから、安価な静止画が使われる…そりゃ、ボクシングに興味を持った若い人たちや、一般のスポーツファンにとっては垣根が高過ぎます。

同じ階級ですら何人も〝世界チャンピオン〟が乱立し、マニアでもその名前を覚えきることができないカオスっぷり。

そりゃ、衰退するわけです。

さて、冒頭の質問に戻って「ラスベガスはいつからボクシングの〝本場〟と呼ばれるようになったのか?」。

答えは80年代からです。

それまでも、たびたび大きな試合が行われていましたが、ラスベガスはワン・オブ・ゼムに過ぎませんでした。

1970年代まで、プロボクシングはもっと大衆に近い場所で行われていました。そして、もちろん、今のように完全マイナースポーツに堕ちる前の時代ですから、複雑なルールを覚える必要のないボクシングという競技特性も大きな意味を持っていました。