私が世界のボクシングに一気に惹きつけられたのは高校1年の頃、学校図書室に毎月届くスポーツ・イラストレイテッド誌やリング誌の魅惑的な記事を読み耽ったことからでした。

当時のボクシングはMLBやNFL、NBA、NHLと米国の四大スポーツとテニス、ゴルフのメジャースポーツに続く第2グループの一つでした。

しかし、日本のスポーツファンにとって、最も身近な存在はマービン・ハグラーやシュガー・レイ・レナード、ロベルト・デュラン、マイケル・スピンクスらが活躍するボクシングでした。

その頃、「ボクサーの記録は嘘ばかり」という意味の記事をいくつか読みました。

レナードのようなプロデビュー戦から全米でYV中継されるようなスターならまだしも、そうではないボクサーの戦績はサバを読むのが普通という内容でした。

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日本でもミドル級のWBA王者となった竹原慎二と村田諒太について「竹原の方が価値がある」と、何の根拠もない意見を聞くことがありますが、これは大間違い。

すでに内部崩壊していた韓国ボクシング界では戦績は嘘つき放題。竹原とダブルノックダウンの死闘を演じた李成天や、3度目の防衛戦で迎えた李鉉植らは嘘つき放題の戦績でした。

東洋太平洋ミドル級王者決定戦(1993年5月24日)で竹原と戦った李成天の本当の戦績は3戦1勝1敗1分。再戦となった1995年9月12日時点では6戦2勝3敗。この相手に勝って世界挑戦したのです。

竹原がタイトル奪取した1995年当時、その実力が米国の州王者レベルにあったかどうかも微妙です。というか、州王者にも負けてた可能性大。

すでに4団体時代でしたが、どのアルファベットランカーでも、竹原が有利とオッズが見立てる相手はまずいなかったでしょう。

韓国ボクシングの名誉のために補足すると、この頃が最もデタラメ戦績が蔓延していた時代で、80年代までは戦績の怪しくない強豪の東洋王者が普通に存在していました。

あの日、あの時の舐め切ったホルへ・カストロだから勝てたのです。ここでの趣旨は、竹原を揶揄しているのではありません。世界戦までの竹原の対戦相手の質の低さとそれを隠す「嘘の戦績」と、BoxRec以前のボクサーの戦績のいい加減さです。

そんな自己申告もまかり通っていた時代。BoxRecが立ち上がる2000年まで、ボクサーの戦績の多くは〝眉唾〟だったのです。

もちろん、紙ベースではリング誌の分厚い年鑑「The Ring Record Book」が世界の主要ボクサーの戦績を記録していましたが、所詮は一冊の本。ほぼ全てのボクサーを網羅した現在のBoxRecとは全く違います。

今やBoxRecはJBCをはじめ各国・米国各州のコミッションや、認定団体が公認しています。

また、Fight Fax(FF社)という記録会社が文字通りファックスでボクサーの戦績を有料で送信していました。FF社もリング誌と同様にFight Fax Record Bookという年鑑を発行していましたが、そこには誤りが多いことも指摘されていました。

このFF社はBoxRecに取って代わられたと思っていましたが…。

先月、WBAがBoxRecではなくFF社と業務提携、BoxRecのデータをFF社が無断使用したことなどから、BoxRecはWBAのタイトル戦を過去に遡って全て抹消(戦績は残していますがタイトルマッチとは認めていない)したのです。

例えば、BoxRecでは井上拓真がWBAバンタム級王者であることは、現在確認できません。

ボクシング界をまるっと手中に収めようとするサウジアラビアはWBAを完全に手懐け、BoxRecを買収しようとしたのは周知の事実ですが、この買収工作が進展せず、業を煮やしてFF社を担ぎ出したというのがここまでのストーリーラインです。

あからさまなスポーツウォッシュに走るサウジを諸手を挙げて支持することはできませんが、米英のプロモーターやテレビ局では互いの利害関係に縛られて硬直していたメガファイトを易々と実現しています。

いっそのことファイトマネーまで保証する、史上初の無料でチャンピオンベルトを贈呈する認定団体を設立したなら、いけないことですが私もウォッシュされてしまいそうなんですが。。。。。

https://boxrec.com/forum/viewtopic.php?t=264293&start=50