観戦スポーツがいくらでも存在する現代では想像しにくいことですが、1950年代までの米国はボクシングと競馬、野球が人気スポーツでした。

麗しきロッキー・マルシアノの時代です。

日本でも1970年代まではボクシングと競馬、野球が人気で、大相撲もここに加わりました。「巨人、大鵬、卵焼き」の時代でした。

今なお、世界評価(日本では完全に忘却されていますが)とテレビ視聴率で別次元の異彩を放っているファイティング原田の時代です。

1960年代まで「6回戦になれば普通に食っていける」という時代だったと聞くと、誰もが驚くでしょう。

現在のファイトマネー相場は4回戦が6万円、6回戦以上で10万円ですから、毎月リングに上がってもボクシングだけでは食っていけません。

この金額…原田の頃からほぼ横這いなのです。

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労働者階級、男性の娯楽であったスポーツは国が豊かになり、社会の多様化が進中で女性や子供たちも楽しむようになりました。

本物の流血に、凄惨なシーンが当たり前のボクシングは〝男だけの世界〟に置き去りにされてしまいます。

さらに、1980年代までは「世界」を日常的に謳える唯一のスポーツだったボクシングの砦が、野茂英雄や中田英寿らの登場によって崩されてしまいます。

そんな時代の流れだけでなく、団体の分裂に階級の増殖で世界王者の権威は地に落ち、ボクシングは内部からも瓦解してしまうのです。

認定団体のランキングほどデタラメなものは、他のスポーツではまずお目にかかれません。無茶苦茶にも程があります。

それなのに「指名挑戦者は強敵」「世界ランカーは強い」といまだに盲信しているファンが、特に日本に多いのは驚きです。

そんなファンに限って「亀田」や「天心」のランキングを糾弾しますが、彼らはまだ可愛いもの、十分すぎる許容範囲です。



誤解を恐れずに書くなら、国は貧しいままで社会の多様化も遅れ、世界タイトルのバーゲンセールを理解できない民度のメキシコ(この国の場合はマティスモの文化の影響も大きいのですが)やフィリピンではボクシングは今なお一定のステイタスを保っています。

20世紀初頭に米国にボクシングの覇権(つまりヘビー級タイトル)を奪われた英国でしたが、21世紀になると米国の凋落もあって〝政権奪還〟を果たします。

そして、その米国はボクシングのマイナー化が底なし沼的に進み、日本でも「世界王者はプロ野球のタイトルホルダーよりも上」なんて時代は夢の彼方に飛び去り、無名の世界王者が当たり前になってしまいました。


さて、日本、米国、英国、メキシコ、フィリピン。三者三様のボクシング市場を抱える〝五大国〟の競技人口(BoxRec)を眺めてみましょう。

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黄色のハッチングがそれぞれの国で最も競技人口が多い階級です。…すまぬ、メキシコはライト級が最多。

青は一人も選手が存在しない階級。

日本で選手のいない階級はクルーザー級だけですが、スーパーミドル級以上の4階級は10人以下で、どんなに無理をしてもランキングが組めない状況です。

米国と英国は日本と反対に、軽量級は砂漠状態。

人気階級では当たり前に存在する米国の州チャンピオンが軽量級ではまず聞かれないのは、当然です。

1980年代まで日本と同じ軽量級の比重が高かったメキシコ(系)ですが、フリオ・セサール・チャベス、オスカー・デラホーヤ、カネロ・アルバレス、アンディ・ルイスと大型化が顕著です。

それにしてもメキシコ、いいバランスです。

栄養状況の劇的な改善から平均的な体格は大きく成長している日本人ですが、ボクシングでは小型化の症状にもがき続けている原因は、この産業界に蔓延する欺瞞体質です。

日本最重量級の世界王者は、ジュニアフェザー級の井上尚弥…ボクシングだけが貧弱化しているのはファンとしては悲しい現実です。



さて。まだまだまだ、続きます。