「シュガー・レイ・ロビンソンの伝記を読んでボクシングに興味を持った」(ゲンナジー・ゴロフキン)。

プロボクシングの世界を知れば知るほど、この宇宙を司るファイターが存在したことに気付きます。

シュガー・レイ・ロビンソン。

「本名がレイ・レナード。憧れていたロビンソンのシュガーを戴くことは嬉しかったが、彼に会って許しを乞うまでは、恐れ多くて恐縮していた」(シュガー・レイ・レナード)。

「フリオ・セサール・チャベスだってJC(ジーザス・クライスト)をあだ名にしてたじゃないか。シュガーなんて、恐れ多いというレベルなんか超えてるんだから、戸惑いはなかった」(シュガー・シェーン・モズリー)。

「シュガー」を名乗るファイターは洋の東西、男女もなく世界中に見つけることができます。日本でも元WBAジュニアフェザー級王者の下田昭文らがシュガーと渾名されています。

さて、そんな「シュガー」をロビンソン後に最初に名乗った怖いもの知らずのファイターが誰なのかは不明ですが、最初にその名が相応しいと認められたのがシュガー・レイ・シールズであったことに、誰も異論はないでしょう。




ミュンヘン1972、ライトウエルター級金メダリスト。まだボクシングがメジャースポーツで、五輪の決勝戦が地上波で完全生中継されていた時代です。

そんな1972年、ヨーロッパ大陸に派遣されて唯1人、金メダルをアメリカにもたらしたのがシールズでした。

そんな国民的英雄が、五輪の翌年1973年1月11日にプロデビューを果たすのです。