大相撲を日常的に観ることのない私にとって、曙太郎とは大横綱というよりも、「最強」の問題提起であり、相撲が「最強」でないことを身をもって証明したグレートでした。

それは、曙太郎でしか出来ないことでした。



あの日、解説席に座った貴乃花は、曙の体重やパワーよりもその身体能力について「とんでもないですよ」と我がことのように自信満々で語っていたのを思い出します。

曙がリングの中でも大きな成功を収めることを確信している、そんな貴乃花の思いがひしひしと伝わってきました。



最強の格闘技は何か?

数学上の未解決問題とは違い、解などそもそも存在しないと考えられ、酒場で楽しむ永遠のテーマと思われたこの問題は、すでにMMAという解答が出てしまいました。

しかし、そのMMAのトップランナーであるUFCでも、始まりは迷走する実験の繰り返し。

1993年11月、UFC-The Beginning 、UFCの記念すべき第一回大会は総合格闘技の技を競うというよりも、どの格闘技が最強か?という〝異種格闘技戦〟のカオスでした。

そこには相撲取りも、グローブをはめたボクサーも出場していました。

そして、当時は相撲最強論も少数意見とはいえ、一定の説得力を持って存在していたのです。

極限まで肉体を肥大化させた相撲取りにはボディブローはもちろん、顔面へのパンチもほとんど効かすことが出来ないという仮説もありました。

現実にはズブのど素人の体重の乗らないパンチで失神してしまうのですが…。

https://fushiananome.superknova.org/archives/20038248.html

https://fushiananome.superknova.org/archives/33592895.html


最強の格闘技は何か?

まだ誰も確固たる答えを見いだせなかったものの、もしかしたら正解があるかもしれないという予感に震えていた世紀末から新世紀にかけての夜明け前。

1997年に高田延彦がヒクソン・グレイシーに惨敗、リングスという八百長を競技と言い張り続け、ついに一度も真剣勝負の舞台に立つことのなかった前田日明。

幻滅の闇に真っ逆さまに堕ちるはずのプロレスでしたが、アレク大塚や安田忠夫の大番狂せに、桜庭和志というリアルヒーローの登場で一筋の光が差し込みます。

「プロレスラーは本当は強いんです!」。

何という叫びですか、これは。

この逆説的な言葉を当たり前のように言い放った桜庭が披露した数々のパフォーマンスには、ヘクター・カマチョやナジーム・ハメドも霞んでしまう、コミカルなのに鬼気迫る狂気が宿っていました。


2001年9月28日、UFCがネバダ州アスレティック・コミッションの承認を受け、ボクシングと同じ土俵に立ちましたが、まだ「最強の格闘技は何か?」という命題に明確な答えは見つかっていなかった時代。

UFCがまだPRIDEのライバルと言っても、恥ずかしくなかった時代。

保守的な日本人がK1やPRIDEで活躍する外国人選手を正しく応援していた健全な時代。

そんな時代に曙太郎はK1のリングに上がり、紅白歌合戦をノックアウトしたのでした。