紙媒体を愛でる「ボクマガ青春情熱物語」。これが本当に㊶なのかどうか、書いてる本人すらわかりませんが、とりあえず前回は㊵だったので、おそらく㊶なのだ。
さて、6年前の今頃、我が家のポストに届いていたのがリング誌2018年3月号。

弱者の言い訳に過ぎないPFPを使って最も効果的な成功を収めたボクサーの一人が、パーネル・ウィテカでした。
この号は、POUND FOR POUND ISSUE(PFP特集)と銘打って、シュガー・レイ・ロビンソンを讃えるために創造されたMythcal Title(妄想タイトル)をさまざまな角度から検証しています。
ロビンソンが活躍した1950年代、米国ボクシングは黄金時代を迎えていましたが、もちろん私は当時を知りません。
ただ、私が高校図書館でリング誌を貪り読むようになった1980年代に年間アワードの一つとしてBest Fighter Poll(経営不振からのリストラで2017年で廃止)がスタートしたこと、1990年からランキング形式で毎月発表するようになったこと、2010年から毎号発表と連動するデジタルバージョンでのランキングが出来上がったこと(現在残っているのはこのデジタルバージョンのみ)は、知っています。
「『黄金のバンタム』を破った男」(百田尚樹)などに「ファイティング原田が挑戦するのはPFP1位のエデル・ジョフレで、勝ち目はないと大騒ぎになった」という表現が出てきますが、あれはおそらく創作です(作者の周囲にボクシングに超精通したマニアが多くいてPFPという言葉が普通に飛び交っていたという可能性もゼロではありませんが…)。
当時はPFPなんて言葉は一般的ではなく、「ジョフレの1位」は後世になってリング誌などが当時もしPFPが存在していたなら、という仮定のもとで後付けたものです。
1950年代、ボクシングは黄金時代を謳歌していたのなら、ロビンソンは現代のマニー・パッキャオやカネロ・アルバレスのようにメディアからもファンからも十分讃えられていたはずです。
それなのに、どうしてPFPなどというモノサシを持ち出して、改めてロビンソンを改めて讃える必要があったのでしょうか?
当時、ボクシングは今では想像もつかない大きな人気と社会的ステイタスを持っていましたが、ヘビー級の存在感が圧倒的でした。
「ヘビー級やミドル級、ウェルター級といった人気階級」と書いても今なら違和感がありませんが、当時はヘビー級は別格。
世界ヘビー級チャンピオンは、あらゆるスポーツで最も価値があるタイトルだったという、やはり今では信じられない神話の時代です。
リング誌のナット・フライシャー編集長が「ロビンソンがいかに特別かを伝えたい」と、それまで明確な定義はなく言葉として存在していたPOUND FOR POUNDを持ち出して「ロビンソンこそがPOUND FOR POUND。POUND FOR POUNDとは…」とやり出したのが始まりです。
つまり、PFPとはロビンソンのことだけを指し、PFPランキングは一部のメディアが突発的場当たり的に制作することはあっても、定期的継続的なものではありませんでした。

1980年にBest Fighter Pollが始まるまで、定期的に発表されるPFPは存在しませんでした。
個人的には、広く承認されることのない妄想や独断と偏見の産物であるPFPはプロレス的で大好きなのですが、多くの人は「意味のないお遊び」と片付けてしまいます。
日本のボクシングファンの場合、山中慎介と内山高志がリング誌のランキングに入ったこと、そして井上尚弥がトップに駆け上がったことが大きく影響して、高い関心を持つようになりました。
しかし、メディアの偏向報道でFOTYよりもPFPの方を先に知ってしまい「PFPの方が格上で他のスポーツでは年間MVPに匹敵する」という完全に間違った形でインプットされてしまうのでした。
このブログでもPFPを取り上げると「それ妄想でしょ」「意味がない」と否定的な意見が寄せられると思っていたのに、そうではないことに軽い驚きを覚えたものでした。
ロビンソンだけを指していたはずのPFPは、現代では認定団体と階級が癌細胞のように増殖する構造を肯定する一つの道具として使われるようになり、21世紀になるとPFPファイターといえばトップ10選手を指すようになりました。
このPOUND FOR POUND ISSUEを教科書に、もう少しPFP話にお付き合いくださいませ。
さて、6年前の今頃、我が家のポストに届いていたのがリング誌2018年3月号。

弱者の言い訳に過ぎないPFPを使って最も効果的な成功を収めたボクサーの一人が、パーネル・ウィテカでした。
この号は、POUND FOR POUND ISSUE(PFP特集)と銘打って、シュガー・レイ・ロビンソンを讃えるために創造されたMythcal Title(妄想タイトル)をさまざまな角度から検証しています。
ロビンソンが活躍した1950年代、米国ボクシングは黄金時代を迎えていましたが、もちろん私は当時を知りません。
ただ、私が高校図書館でリング誌を貪り読むようになった1980年代に年間アワードの一つとしてBest Fighter Poll(経営不振からのリストラで2017年で廃止)がスタートしたこと、1990年からランキング形式で毎月発表するようになったこと、2010年から毎号発表と連動するデジタルバージョンでのランキングが出来上がったこと(現在残っているのはこのデジタルバージョンのみ)は、知っています。
「『黄金のバンタム』を破った男」(百田尚樹)などに「ファイティング原田が挑戦するのはPFP1位のエデル・ジョフレで、勝ち目はないと大騒ぎになった」という表現が出てきますが、あれはおそらく創作です(作者の周囲にボクシングに超精通したマニアが多くいてPFPという言葉が普通に飛び交っていたという可能性もゼロではありませんが…)。
当時はPFPなんて言葉は一般的ではなく、「ジョフレの1位」は後世になってリング誌などが当時もしPFPが存在していたなら、という仮定のもとで後付けたものです。
1950年代、ボクシングは黄金時代を謳歌していたのなら、ロビンソンは現代のマニー・パッキャオやカネロ・アルバレスのようにメディアからもファンからも十分讃えられていたはずです。
それなのに、どうしてPFPなどというモノサシを持ち出して、改めてロビンソンを改めて讃える必要があったのでしょうか?
当時、ボクシングは今では想像もつかない大きな人気と社会的ステイタスを持っていましたが、ヘビー級の存在感が圧倒的でした。
「ヘビー級やミドル級、ウェルター級といった人気階級」と書いても今なら違和感がありませんが、当時はヘビー級は別格。
世界ヘビー級チャンピオンは、あらゆるスポーツで最も価値があるタイトルだったという、やはり今では信じられない神話の時代です。
リング誌のナット・フライシャー編集長が「ロビンソンがいかに特別かを伝えたい」と、それまで明確な定義はなく言葉として存在していたPOUND FOR POUNDを持ち出して「ロビンソンこそがPOUND FOR POUND。POUND FOR POUNDとは…」とやり出したのが始まりです。
つまり、PFPとはロビンソンのことだけを指し、PFPランキングは一部のメディアが突発的場当たり的に制作することはあっても、定期的継続的なものではありませんでした。

1980年にBest Fighter Pollが始まるまで、定期的に発表されるPFPは存在しませんでした。
個人的には、広く承認されることのない妄想や独断と偏見の産物であるPFPはプロレス的で大好きなのですが、多くの人は「意味のないお遊び」と片付けてしまいます。
日本のボクシングファンの場合、山中慎介と内山高志がリング誌のランキングに入ったこと、そして井上尚弥がトップに駆け上がったことが大きく影響して、高い関心を持つようになりました。
しかし、メディアの偏向報道でFOTYよりもPFPの方を先に知ってしまい「PFPの方が格上で他のスポーツでは年間MVPに匹敵する」という完全に間違った形でインプットされてしまうのでした。
このブログでもPFPを取り上げると「それ妄想でしょ」「意味がない」と否定的な意見が寄せられると思っていたのに、そうではないことに軽い驚きを覚えたものでした。
ロビンソンだけを指していたはずのPFPは、現代では認定団体と階級が癌細胞のように増殖する構造を肯定する一つの道具として使われるようになり、21世紀になるとPFPファイターといえばトップ10選手を指すようになりました。
このPOUND FOR POUND ISSUEを教科書に、もう少しPFP話にお付き合いくださいませ。
コメント
コメント一覧 (3)
内容も速いフットワーカー達を簡単に追い詰めてきた達人チャベスがゆっくり摺り足で下がって行くウィテカーに何時までも追い付けないというアキレスと亀のパラドックスを見せられているかのような驚異的な代物でした。
フシ穴の眼
が
しました
とはいえ、両試合とも日本中が知ってるなんてことは残念ながら殆どありませんでしたので、比較にならないのでしょうね。
ドジャーズが優勝して、真のワールドシリーズを戦いに大谷を連れて日本のチームと対戦(架空です)、日本が勝ちそう、くらいにならないと再現出来なさそうです。というようなくらいのなかでの百田さんが捻り出した脚色表現なのでしょうね。
フシ穴の眼
が
しました