プロボクシングがマイナースポーツの中でも特異な光を放ってきた理由の一つは、その時代を代表するオピニオンリーダーたちがトップファイターを語り継いで来たからでしょう。
その意味では、プロボクシングがマイナースポーツどころか、堂々のメジャーだった1960年代は少し趣が違うかもしれません。
60年代に別格の光彩を放ったファイティング原田は、三島由紀夫や升田幸三らが言葉を紡ぎ、半世紀が経っても百田尚樹が小説にし、リング誌をはじめ海外でも「日本史上最高のボクサー」としての評価を固めています。
100人以上の世界王者を輩出してきた日本の中でも、名誉の殿堂のモダン部門に事実上の一発殿堂を果たしたのは原田だけ。
現在、高い評価を得ている井上尚弥でもカネロ・アルバレスやテレンス・クロフォード、オレクサンデル・ウシクらと引退年が一致してしまうと一発殿堂は難しいかもしれません。
井上に次ぐ世界評価を得ている井岡一翔の殿堂入りはありうるでしょうか?
リング誌は60年代PFPで原田を5位にランクしましたが、後世の世界評価の2020年代で井上や井岡はどう評価されているでしょうか?
井上は、後世の評価で2020年代のPFP10傑に入ることが出来るでしょうか?
まだ2020年代は折り返していませんが、瞬間的なPFPではカネロ・アルバレスやテレンス・クロフォード、オレクサンデル・ウシクが井上よりも遥かに長い期間で1位に君臨しています。
さらに、残されあと7年で彼らを上回る、あるいは並ぶレガシーを築くファイターが複数人現れるのは間違いありません。
井岡はジュニアバンタム級のビッグネームを撃破すると瞬間的なPFPには返り咲くでしょうが、ディケイドでその名前を刻むのは厳しいように思えます。
そして、半世紀後に井上や井岡の業績に注目するベストセラー作家が現れるでしょうか?

ポール・バトラーを破壊して作った〝歴史〟は、後世にどう評価されるのでしょうか?
まだメジャーの残り香が漂っていた70年代は、輪島功一を沢木耕太郎らが描きました。
70年代から80年代初めに日本のリングを支配した具志堅用高は、首相官邸に呼ばれて連続防衛記録の偉業を、ときの総理大臣から讃えられるなど王貞治と並ぶスーパースターでした。
野茂英雄が太平洋を渡り、Jリーグが世界のスポーツがどういうものかという輪郭を明らかにした90年代に登場したのが、辰吉丈一郎でした。
辰吉は、もはや誰もが注目するスーパースターではありませんでしたが、ボクシングファンとビートたけしらが熱愛しました。
21世紀になると日本中がその名を知る「亀田一家」という非常に特殊な光、限りなく闇に近い光が差し込みます。
「亀田」はテレビ局と、承認料目当ての認定団体が作り上げた〝実力を伴わないヒール〟でした。刹那の炎上商法では、オピニオンリーダーたちからの支持を得ることは出来ませんでした。
そして、長谷川穂積、西岡利晃、山中慎介、井岡一翔、井上尚弥と「日本が好き勝手出来る階級」(村田諒太)で、世界的に評価が高いボクサーが次々と現れます。
「この次のステージ」が「日本が好き勝手できない階級で大活躍する日本人を育てること」であるのは明らかですが、それはまた別の話。
かつて三島由紀夫が原田に言葉を寄せたように、井上尚弥には松本人志が熱い眼差しを向けてきました。
時代が変わり、ボクシングがマイナーの坂道を下り続けても、このスポーツに魅せられるオピニオンリーダーたちは絶えることがありません。
それほどボクシングには魅力がある、ということの証左です。
その意味では、プロボクシングがマイナースポーツどころか、堂々のメジャーだった1960年代は少し趣が違うかもしれません。
60年代に別格の光彩を放ったファイティング原田は、三島由紀夫や升田幸三らが言葉を紡ぎ、半世紀が経っても百田尚樹が小説にし、リング誌をはじめ海外でも「日本史上最高のボクサー」としての評価を固めています。
100人以上の世界王者を輩出してきた日本の中でも、名誉の殿堂のモダン部門に事実上の一発殿堂を果たしたのは原田だけ。
現在、高い評価を得ている井上尚弥でもカネロ・アルバレスやテレンス・クロフォード、オレクサンデル・ウシクらと引退年が一致してしまうと一発殿堂は難しいかもしれません。
井上に次ぐ世界評価を得ている井岡一翔の殿堂入りはありうるでしょうか?
リング誌は60年代PFPで原田を5位にランクしましたが、後世の世界評価の2020年代で井上や井岡はどう評価されているでしょうか?
井上は、後世の評価で2020年代のPFP10傑に入ることが出来るでしょうか?
まだ2020年代は折り返していませんが、瞬間的なPFPではカネロ・アルバレスやテレンス・クロフォード、オレクサンデル・ウシクが井上よりも遥かに長い期間で1位に君臨しています。
さらに、残されあと7年で彼らを上回る、あるいは並ぶレガシーを築くファイターが複数人現れるのは間違いありません。
井岡はジュニアバンタム級のビッグネームを撃破すると瞬間的なPFPには返り咲くでしょうが、ディケイドでその名前を刻むのは厳しいように思えます。
そして、半世紀後に井上や井岡の業績に注目するベストセラー作家が現れるでしょうか?

ポール・バトラーを破壊して作った〝歴史〟は、後世にどう評価されるのでしょうか?
まだメジャーの残り香が漂っていた70年代は、輪島功一を沢木耕太郎らが描きました。
70年代から80年代初めに日本のリングを支配した具志堅用高は、首相官邸に呼ばれて連続防衛記録の偉業を、ときの総理大臣から讃えられるなど王貞治と並ぶスーパースターでした。
野茂英雄が太平洋を渡り、Jリーグが世界のスポーツがどういうものかという輪郭を明らかにした90年代に登場したのが、辰吉丈一郎でした。
辰吉は、もはや誰もが注目するスーパースターではありませんでしたが、ボクシングファンとビートたけしらが熱愛しました。
21世紀になると日本中がその名を知る「亀田一家」という非常に特殊な光、限りなく闇に近い光が差し込みます。
「亀田」はテレビ局と、承認料目当ての認定団体が作り上げた〝実力を伴わないヒール〟でした。刹那の炎上商法では、オピニオンリーダーたちからの支持を得ることは出来ませんでした。
そして、長谷川穂積、西岡利晃、山中慎介、井岡一翔、井上尚弥と「日本が好き勝手出来る階級」(村田諒太)で、世界的に評価が高いボクサーが次々と現れます。
「この次のステージ」が「日本が好き勝手できない階級で大活躍する日本人を育てること」であるのは明らかですが、それはまた別の話。
かつて三島由紀夫が原田に言葉を寄せたように、井上尚弥には松本人志が熱い眼差しを向けてきました。
時代が変わり、ボクシングがマイナーの坂道を下り続けても、このスポーツに魅せられるオピニオンリーダーたちは絶えることがありません。
それほどボクシングには魅力がある、ということの証左です。
コメント
コメント一覧 (5)
フシ穴の眼
が
しました
フシ穴の眼
が
しました
フシ穴の眼
が
しました
崇高なエンターテイメントか
作られたバラエティかの差。と言えばいい過ぎかなぁ。
フシ穴の眼
が
しました