「ファイティング原田の1964年」。エデル・ジョフレとの初戦前夜、その年です。

そして「井上尚弥の2023年」。前年のバンタム級に続いて、ジュニアフェザー級でもUndisputed Champion を極め正真正銘の2階級制覇を成し遂げるであろう年です。

カス・ダマトが教科書の一つにしていたのが「原田vsジョフレ」。1988年にマイク・タイソンが来日したとき、原田の写真を寝室にピン留めし、誰の訪問も断ったホテル・ニューオータニの部屋に、白井義男でも具志堅用高でもなく、原田だけを招き入れたのです。

原田の時代から約60年。ボクシングは団体と階級の増殖で、その形状を歪め続けてきました。

後世のボクサーには何の責任もないことですが、同列に語れないのは当然です。

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それでも具志堅用高、辰吉丈一郎、長谷川穂積、西岡利晃…。原田と同列に語ろうとされたボクサーは間歇的に出現しています。

しかし、その〝原田越え〟の幻想は一瞬の流行熱のように、短い時間で冷めてしまいました。

そして、井上尚弥の出現です。

昨年、リング誌などにも寄稿している宮田有理子がフレディ・ローチに「ジョフレ、サラテ、オリバレスやカニザレス、ファイティング原田ら過去の名選手と比べ、井上はどこの序列に入るのか?」と聞くと「それを言うのはまだ早いが、井上がグレートな選手たちのいる方向に向かっているのは間違いない」と答えたそうです。

個人的には、4団体時代のカニザレスは井上との比較対象ではないと考えますが、まあローチの意見です。

もちろん、井上も4団体時代。WBOが設立された1988年にIBFバンタム級王者になったカニザレスの時代よりもさらに混迷の度合いを深めています。同一団体でもスーパーやフランチャイズなど世界タイトルが濫造され、世界王者の価値は暴落する一方。

超軽量級がバンタムとフライ級しかなかった1団体時代に2階級制覇した原田が、現代に生まれていたらストロー級やジュニアフライ級、ジュニアバンタム級、ジュニアフェザー級、フェザー級の中のいくつか、あるいは全てをピックアップしていたのはほぼ確実です。

逆に井上が1960年代にタイムスリップして、4階級制覇するにはフライ、バンタム、フェザー、ライトを獲らなければなりません。しかも当時は1団体、王者はもれなくUndisputed Championです。

そして、また一方で原田が現代に生まれていたら、少なくともバンタム級タイトル挑戦の一発目でエデル・ジョフレとぶつかるのは回避していたかもしれません。

そうなると、原田の評価を支える根幹である「誰に勝ったのか」が大きく揺らぐことになります。

いずれにしても、21世紀というスパンで切り取ると井上は傑出した存在です。

時代背景がほとんど変わらない長谷川や西岡、山中慎介らと比較する段階はとっくに終わっています。流行熱のような幻想の域は、抜け出しているのです。

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もしかしたら、原田は日本国内と世界的な評価の乖離を快く思っていないのかもしれません。

かつて、薬師寺保栄が「原田さんの防衛回数に並びましたよ」と冗談めかして話しかけると、「お前らのタイトルと一緒にするな!」と一喝されたそうです。

張本勲がイチローを、王貞治が村上宗隆を認め、松井秀喜が大谷翔平を絶賛した寛容と余裕に比べると、何という狭量でしょうか。

もちろん、野球はMLBへの道が開通した現在の方が格上、ボクシングはオリジナル8の時代が至上という、真逆の構図がありますが、どんな時代であっても、先駆者から後輩に歩み寄り、その世界の発展を願うべきなのは変わりません。

井上のWBSS優勝のときも、原田はリングの上でモハメド・アリ トロフィーのプレゼンターをつとめましたが、多くを語りませんでした。

本当なら、世界評価で別次元の評価を誇る原田が、もっと井上を語って良いと感じています。


いま、多数派の日本のボクシングファンの序列で、原田はトップ10にも入らないかもしれません。それゆえに原田の言葉に需要がないのかもしれませんが…。