もうシリーズ何番目なのか、わけがわからなくなった【暴論サロン】です。

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夏の甲子園。

脱・丸坊主。エンジョイ・ベースボール。

古き悪き体育会の因習を駆逐するような慶応旋風でした。

丸坊主に長時間練習、体罰、先輩後輩の理不尽な上下関係…そんな悪習が最も長くこびりついていたスポーツが野球であることは間違いありません。

私はそんな時代の真っ只中で育ちましたが、ここでも何度も書いているように、個人的には長時間練習は嫌でしたが、適当に抜いてましたし、丸坊主はどうでも良かったし、体罰や先輩後輩の関係で耐えられないようなことは一切ありませんでした。


中学の時の野球部顧問(監督)にはビンタされたこともありましたし、罵倒されたこともありました。しかし、私には監督がどうして怒っているのかがよく分かってました。監督が激しく私を怒るのは、必ずみんなの前でした。

高校になると野球部の顧問はそこまで部活に興味がなく、何も言われなくなりましたが、陸上部の一つ上の主将には体罰を受けたことが何度かありました。しかし、その主将はみんなの前では絶対手を出したり、注意することなく、二人きりの時だけでした。

中学の野球部監督はチーム全体にメッセージを送るのに、最も効果的な方法が「それ」だと分かっているのが、私にも伝わってました。

中学の卒業式のとき、監督から呼び出され「お礼参り(むかついた先生をしばく)せぇへんのか?殴ってええぞ」と言われて、思わず笑ってしまいました。もちろん、そんなことはしません。

高校の陸上部の主将も一度も口にはしませんでしたが、私のことを高く評価してくれているのはビリビリと電気が伝わるように感じていました。

個人的には両者のコンセンサスがはっきり存在していたなら、SM風俗のように体罰はアリだと思いますが、今の時代は難しいですね。

じゃあ、私が本格的に指導者になったとしても、手は出さないでしょうし、厳しいことを言ってもかなり手前でラインを引くと思います。

さて、いつものように前置きが長くなりました。

今夜のお題は〝体育会教育〟。

「育」が二つも付く、不細工な造語です。

高校野球や運動部では、互いに応援団がエールを送ることがよくあります。

大学の対校戦などでは、試合前と試合後に選手も相手にエールを送ります。 

それは、体育会の古き良き習慣です。 

陸上競技、関東インカレでは私は2部、何人かの友だちが1部にしましたが、彼らは自分の大学の選手だけではなく私にも惜しみなく声援を送ってくれました。

自分たちの大学の代表選手と同じように、声援を送り、先頭とのタイム差まで読み上げてくれるのです。

体育会の業務で原宿の岸体育館や、新宿の巨大喫茶で何度か会議や親交のあった慶応や立教などの大学もそんな体育会教育の行き届いた大学でした。

事前にプログラムをチェックして、私の出場種目・時間を把握してくれていたのでした。

1年生の頃はこういう応援を予想してなかったので、嬉しかったし、力になりました。

生意気言うと、何ヶ所かでそんな予想外の応援を受けると、結構ウザいこともありますが…一番苦しいときに「前の方がもっと苦しい!ここ!ここ!絶対離されるな!」とか、叱咤激励されるわけですから、渡辺二郎風に言うと「勝負どころなんは自分でもわかっとるわ!」といった感じです。

それは半分冗談にしても、私は彼らの応援なんて全く考えられずに、自分の種目に合わせて競技場に来て、自分のことだけに集中していました。正直、自分を恥じました。

男女それぞれに短距離ブロック、中距離ブロック、長距離ブロック、跳躍ブロック、投擲ブロック、混成ブロックと独立して練習する陸上競技は、他の種目や他の大学を応援する〝体育会教育〟が高まりやすいスポーツかもしれません。

野球はエール交換もありますが、いざ試合が始まると両軍ベンチは罵倒合戦になるのが当たり前でした…最近は審判から注意されることもありますが、陸上競技は「ヘイヘイ!ピッチャー、ノーコン!ノーコン!」なんて種類の罵声は飛び交いません。

私は、野球部なのにあまり声を出さない、出したくないタイプでしたが、野球部のヤジ合戦は嫌いじゃありませんでした。

陸上部の主将から「チンタラ走っとんちゃうぞ、お前は金魚の糞か!」と応援されてるのか、なんなのかわからない罵声を浴びても、「下品な言葉使いする女(その主将は女でした)やなあ」と呆れてました。


取り止めのない話になっちゃいましたが、最近の応援、ヤジについて、独断と偏見と20世紀的郷愁を絡ませて、独断と偏見の雨アラレな話に続いてゆきます。