マーロン・タパレスのターニングポイントは日本と浅からぬ縁があります。
「マーロン・タパレスとは何者なのか?」。そこに迫る前に、そのプロキャリアを振り返りましょう。
タパレスは2008年7月18日にプロデビューすると、8連勝(2KO)。無敗のまま2009年5月30日、フィリピン・フライ級王者ブリックス・レイに挑戦します。
直近6試合が2勝3敗1分のレイは31歳、若いタパレスが圧倒的有利と見られていましたが、第5ラウンドにダウンを喫すると、続く第6ラウンドに2度目のダウン。TKO負けに散ってしまいます。
16歳でデビューしたタパレスは、この時まだ17歳。「フィリピンボクシング」の縮図のようなファイターでした。
タパレスは、階級を一つ落としてジュニアフライ級で国内タイトルを獲得、再び連勝街道を走り、13連勝をマーク。
2011年5月6日には初の海外遠征でラスベガスの大会場マンダレイベイ ・リゾートのリングに上がって、長身180㎝のアレハンドロ・ソロリオをMDで下すなど経験も積んでいきます(この興行のメインは内山高志の挑戦者候補にも上がったこともあるディエゴ・マグダレノ)。
しかし、2013年2月23日のメキシコ遠征ではデビッド・サンチェスにMDで敗北、世界戦線の手前で停滞を余儀なくされます。
再起戦で日本のリングに登場。このときは、のちに伊藤雅雪や細川バレンタインと戦うことになるルーベン・マナカネとバンタム級契約10回戦で4ラウンドTKO勝利。
次の試合では空位のWBOアジアパシフィックのバンタム級王座を同胞のフレディレックス・ロドリゲスと争い、6ラウンドにダウンを奪って12ラウンド判定勝利。今度こそ、世界戦戦に浮上します。
そして、2015年12月16日に当時無敗のホープ大森将平とWBOバンタム級王者への挑戦権を賭けて争い、4度のダウンを奪った末に2ラウンドで日本人を破壊。
赤穂亮をノックアウトして空位のWBO王座に就いたパンルアン・ソーシンユーに挑戦したタパレスは、ダウン応酬の激戦を11ラウンドで制してついに世界タイトル奪取。
2017年4月23日、王者タパレスの初防衛戦は「井岡一翔vsノクノイ・シットプラサート」のWBAフライ級戦のセミファイナルにセット、大森との再戦です。
2日前の予備検診でタパレスは2.5kgオーバー。
前日計量前の事前計量で550gオーバーで、ランニングに出かけたはずのタパレスのオフィシャル1回目は全裸で秤に乗ってまさかの800gオーバー。「なんで増えとんねん」という怒声が飛びます。
2回目の計量ではパンツを履いたまま、完全に諦めたタパレスは900gオーバー。
体重を落とす努力を一切放棄したということです。
大森は顎を砕かれた末に11ラウンドTKO負け。
タパレスの体重超過で空位になっていた王座に、暫定王者ゾラニ・テテが昇格。
そして、WBOはタパレスにペナルティを科すどころか、ジュニアフェザー級の3位にランクしました。
スポーツマンシップよりもプロとして勝利を希求する奔放なスタイルもまた、フィリピーノ特有の感覚です。
「実犯」ではないものの、ドーピング・グル、ビクター・コンテを真っ先に迎えたノニト・ドネアが「ドーピングはしない。コンテのサプリメントに興味があるだけだ」と、周囲の疑惑の目を全く気せずに言い放った態度を思い出したものです。
フィリピン人全員ではありませんが、ドネアやタパレスは見境がありません。
「マーロン・タパレスとは何者なのか?」。そこに迫る前に、そのプロキャリアを振り返りましょう。
タパレスは2008年7月18日にプロデビューすると、8連勝(2KO)。無敗のまま2009年5月30日、フィリピン・フライ級王者ブリックス・レイに挑戦します。
直近6試合が2勝3敗1分のレイは31歳、若いタパレスが圧倒的有利と見られていましたが、第5ラウンドにダウンを喫すると、続く第6ラウンドに2度目のダウン。TKO負けに散ってしまいます。
16歳でデビューしたタパレスは、この時まだ17歳。「フィリピンボクシング」の縮図のようなファイターでした。
タパレスは、階級を一つ落としてジュニアフライ級で国内タイトルを獲得、再び連勝街道を走り、13連勝をマーク。
2011年5月6日には初の海外遠征でラスベガスの大会場マンダレイベイ ・リゾートのリングに上がって、長身180㎝のアレハンドロ・ソロリオをMDで下すなど経験も積んでいきます(この興行のメインは内山高志の挑戦者候補にも上がったこともあるディエゴ・マグダレノ)。
しかし、2013年2月23日のメキシコ遠征ではデビッド・サンチェスにMDで敗北、世界戦線の手前で停滞を余儀なくされます。
再起戦で日本のリングに登場。このときは、のちに伊藤雅雪や細川バレンタインと戦うことになるルーベン・マナカネとバンタム級契約10回戦で4ラウンドTKO勝利。
次の試合では空位のWBOアジアパシフィックのバンタム級王座を同胞のフレディレックス・ロドリゲスと争い、6ラウンドにダウンを奪って12ラウンド判定勝利。今度こそ、世界戦戦に浮上します。
そして、2015年12月16日に当時無敗のホープ大森将平とWBOバンタム級王者への挑戦権を賭けて争い、4度のダウンを奪った末に2ラウンドで日本人を破壊。
赤穂亮をノックアウトして空位のWBO王座に就いたパンルアン・ソーシンユーに挑戦したタパレスは、ダウン応酬の激戦を11ラウンドで制してついに世界タイトル奪取。
2017年4月23日、王者タパレスの初防衛戦は「井岡一翔vsノクノイ・シットプラサート」のWBAフライ級戦のセミファイナルにセット、大森との再戦です。
2日前の予備検診でタパレスは2.5kgオーバー。
前日計量前の事前計量で550gオーバーで、ランニングに出かけたはずのタパレスのオフィシャル1回目は全裸で秤に乗ってまさかの800gオーバー。「なんで増えとんねん」という怒声が飛びます。
2回目の計量ではパンツを履いたまま、完全に諦めたタパレスは900gオーバー。
体重を落とす努力を一切放棄したということです。
大森は顎を砕かれた末に11ラウンドTKO負け。
タパレスの体重超過で空位になっていた王座に、暫定王者ゾラニ・テテが昇格。
そして、WBOはタパレスにペナルティを科すどころか、ジュニアフェザー級の3位にランクしました。
スポーツマンシップよりもプロとして勝利を希求する奔放なスタイルもまた、フィリピーノ特有の感覚です。
「実犯」ではないものの、ドーピング・グル、ビクター・コンテを真っ先に迎えたノニト・ドネアが「ドーピングはしない。コンテのサプリメントに興味があるだけだ」と、周囲の疑惑の目を全く気せずに言い放った態度を思い出したものです。
フィリピン人全員ではありませんが、ドネアやタパレスは見境がありません。
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