バンタム級チャンピオンの野望を、ジュニアフェザー級チャンピオンが打ち砕く。

…そう聞いて真っ先に思い浮かぶのは、カルロス・サラテvsウィルフレド・ゴメスです(断言)。

しかし、無敵のバンタム級チャンピオンがジュニアフェザー級の牙城に挑む…そんなサンプルはサラテvsゴメスだけではありません。

ボクシングの豊穣な歴史から井上尚弥の先駆けとなった5人の「無敵のバンタム」がジュニアフェザー級に挑戦した決戦を振り返ります。


まずは、サラテvsゴメス。1978年10月28日。

1976年に新設されたWBCジュニアフェザー級。初代王者リゴベルト・リアスコからロイヤル小林、廉東均、そしてゴメス。わずか13ヶ月で4人の王者がタイトルをリレーした〝水増し階級〟を冷ややかな目で見るメディアやファンも少なくありませんでした。

しかし、1974年の世界選手権バンタム級でオールノックアウトで金メダルに輝いたゴメスは、純粋階級で通用しないかジュニアクラスを狙ったファイターとは次元が違いました

プロ初戦こそ引き分けに終わり、勝つことはできませんでしたが、その後は全戦全勝全KO、破竹の快進撃。16戦目で廉東均エオKOしてWBCタイトルを奪うと、5度の防衛もいずれもKOで片付けました。

そして迎えた6度目の防衛戦。54戦全勝53KO無敗のバンタム級王者カルロス・サラテの挑戦を地元プエルトリコ、ロベルト・クレメンテス・タジアムで迎え撃つことになりました。

当時21歳のゴメスも26戦して25勝オールノックアウト、一つの引き分け。

メキシコvsプエルトリコ。両者の戦績を合計すると80戦79勝78KO1分。こんな漫画的な対決は、もう2度とないでしょう。

キャリアで勝るサラテが有利と見られていましたが、28歳のメキシカンは1回目の計量でまさかの2.5ポンド超過。3度目の計量でなんとかリミットまで落としたものの、その肉体は干からび、表情からは生気が失せていました。

4ラウンドにキャリア初のダウンを喫したサラテは、5ラウンドで仕留められてしまいます。

このビッグファイトの中に「井上vsフルトン」を占うヒントがあるとしたら、それは試合展開ではなく両者のコンディショニングでしょう。

井上のコンディショニング失敗はあまり考えられませんが、フルトンはどうでしょうか?



二つ目のサンプルはジェフ・フェネックvs サーマート・パヤクァルン。1987年5月8日。

軽量級マニアにとっては忘れられない一戦でした。

プロ7戦目でIBFバンタム級のタイトルを新垣諭から強奪したフェネックは、WBCジュニアフェザー級王者パヤクァルンとの無敗対決に挑みます。

「豪州のIBF王者」という〝田舎臭〟が漂うフェネックに対して、サーマートはムエタイで4階級制覇、かけが成立しなくなったために国際式に転向、あのルペ・ピントールを破壊して王座に就いたタイの貴公子。天才肌ではなく、間違いなく天才でした。

アンダードッグのフェネックは初回にダウンを奪われるも、オージーならではの強烈なフィジカルで逆襲、4ラウンドで王者を失神KOしました。

フェネックのパワフルな攻撃は井上にも通じるところがあります。一方で、14戦全勝8KOだったサーマートはセンスでフルトンを凌駕するものの、その放蕩な性格からボクサーとして大きな期待に応えることはできませんでした。