大谷翔平について、古い記事になりますが、ニューヨークタイムズ(4月21日)をご紹介。
井上信者が聞いたら泣いちゃいそうですが、井上尚弥ら軽量級のボクサーがNYタイムズやCNNなどの一般メディアで扱われることはありません。わかりやすくいうと、検索しても一つの記事もヒットしないということです。
「興味がない」のではなく「認知されていない」からです。知らないし、知ろうともしない。当然、CNNスポーツなどの大メディアで井上や井岡一翔らの名前を聞いたことはありません。
井上や井岡らはボクシング専門記者の評価は高いものの、専門サイトですら大きく取り上げられることは少ないのが現実です。こちらは「興味がない」からです。専門サイトで試合記事がアップされているのを目にしたことはあるけど、読んでない、という感じでしょうか。
大谷翔平についても、先日書いたように連日連夜ニュースが溢れる日本と、米国での扱いは大きく違います。
今や〝準〟メジャースポーツに甘んじているMLBの中で、大谷は専門家評価と野球ファンの間で別格の評価を得ていますが、扱いは多くのスター選手の1人。
もちろん、準が付いてもメジャースポーツ、そこで傑出した評価の大谷はESPNではMLBページを超えた存在、CNNや東側のニューヨークタイムスでも普通に扱われています。
1980年代から様々なスポーツに興味を持ち始めた私にとって、二刀流とはBo、ボー・ジャクソンのことでした。

You Don’t Know Bo, but Ohtani Might.大谷翔平のファンはBoって誰?と聞くかもしれないが、彼だけがユニコーンの気持ちを知っている。
マーク・グビザは1984年にカンザスシティ・ロイヤルズでメジャーデビュー。1988年には20勝を挙げて、MLB選抜の一員として日米野球に出場しました。
今も昔もロイヤルズはビッグクラブではない、地味な球団ですが1980年にはジョージ・ブレットが打率4割に激しくチャージ、日本の熱心な野球ファンにも知られた存在でした(最終打率は.390)。
グビザはLAエンゼルスで引退したのが縁で、FOXスポーツでMLB解説者をつとめています。
そのグビザがロイヤルズ時代に同僚だったのが、Bo、ボー・ジャクソンでした。
Boは1986年ドラフトでロイヤルズに入団、翌87年にはNFLドラフトでLAレイダース入り。
89年にファン投票最多でMLBオールスター、90年にプロボウル(NFLのオールスター)に出場、史上唯一の「4大スポーツの二つのオールスターに出場」の大偉業を果たしました。
そして、何の因果か1993年にFA権を行使してBoが入団したのもエンゼルスだった。二刀流の過酷な負荷と消耗、大きな故障も抱えていたBoは1994年に引退。
やはり、何の因果か、この年に大谷翔平が生まれるのです。
グビザが大谷を初めて見たとき「すぐにフラッシュバックしたのがBoだった」。
「彼が外野ではなくマウンドに上がっていても大きな成果を上げていたと思う。ただ、そんな考えは誰も思い浮かばなかったんだ」。
ロイヤルズ時代のチームメイト、サイ・ヤング賞も受賞しているデビッド・コーンとグビザは「私たちは登板した後は歩くこともままならなかった。。 肩、肘、肋骨、背中、お尻、すべてが痛くてリカバリーのために休息しなければならなかった。それなのに、大谷がやっていることは、もはや驚きを超えている。それが、どれほどありえないことなのかは、私たちMLBの投手が一番よくわかっている」と語り合っているそうです。
そして、大谷は「想像を絶する規律」で自らを徹底的に管理しているという結論に辿り着くそうです。
“They’re both mythological creatures in a world that doesn’t have that many,” Pearlman said.
Boの伝記“The Last Folk Hero: The Life and Myth of Bo Jackson” を書いたジェフ・パールマンも大谷のパフォーマンスに「2人は人類史上稀に見る神話上の生き物だ」と畏れています。
「同じ試合で101球を投げて、時速115マイルのホームランを放つ。なぜ、そんなことができるのか、私には目の前で起きていることが理解できない」というグビザの夢は、エンゼルスの試合前に球団OBでもあるボー・ジャクソンを招待するセレモニーを開催することです。
「私たちにはわからなくても、Boにはわかるだろう」。
世俗を嫌い、隠遁生活を送るBoがエンゼルス・スタジアムに現れることがあるのでしょうか?
自分しかいないと思っていたユニコーンと出会ったとき、大谷は何かを感じるでしょうか?
井上信者が聞いたら泣いちゃいそうですが、井上尚弥ら軽量級のボクサーがNYタイムズやCNNなどの一般メディアで扱われることはありません。わかりやすくいうと、検索しても一つの記事もヒットしないということです。
「興味がない」のではなく「認知されていない」からです。知らないし、知ろうともしない。当然、CNNスポーツなどの大メディアで井上や井岡一翔らの名前を聞いたことはありません。
井上や井岡らはボクシング専門記者の評価は高いものの、専門サイトですら大きく取り上げられることは少ないのが現実です。こちらは「興味がない」からです。専門サイトで試合記事がアップされているのを目にしたことはあるけど、読んでない、という感じでしょうか。
大谷翔平についても、先日書いたように連日連夜ニュースが溢れる日本と、米国での扱いは大きく違います。
今や〝準〟メジャースポーツに甘んじているMLBの中で、大谷は専門家評価と野球ファンの間で別格の評価を得ていますが、扱いは多くのスター選手の1人。
もちろん、準が付いてもメジャースポーツ、そこで傑出した評価の大谷はESPNではMLBページを超えた存在、CNNや東側のニューヨークタイムスでも普通に扱われています。
1980年代から様々なスポーツに興味を持ち始めた私にとって、二刀流とはBo、ボー・ジャクソンのことでした。

You Don’t Know Bo, but Ohtani Might.大谷翔平のファンはBoって誰?と聞くかもしれないが、彼だけがユニコーンの気持ちを知っている。
マーク・グビザは1984年にカンザスシティ・ロイヤルズでメジャーデビュー。1988年には20勝を挙げて、MLB選抜の一員として日米野球に出場しました。
今も昔もロイヤルズはビッグクラブではない、地味な球団ですが1980年にはジョージ・ブレットが打率4割に激しくチャージ、日本の熱心な野球ファンにも知られた存在でした(最終打率は.390)。
グビザはLAエンゼルスで引退したのが縁で、FOXスポーツでMLB解説者をつとめています。
そのグビザがロイヤルズ時代に同僚だったのが、Bo、ボー・ジャクソンでした。
Boは1986年ドラフトでロイヤルズに入団、翌87年にはNFLドラフトでLAレイダース入り。
89年にファン投票最多でMLBオールスター、90年にプロボウル(NFLのオールスター)に出場、史上唯一の「4大スポーツの二つのオールスターに出場」の大偉業を果たしました。
そして、何の因果か1993年にFA権を行使してBoが入団したのもエンゼルスだった。二刀流の過酷な負荷と消耗、大きな故障も抱えていたBoは1994年に引退。
やはり、何の因果か、この年に大谷翔平が生まれるのです。
グビザが大谷を初めて見たとき「すぐにフラッシュバックしたのがBoだった」。
「彼が外野ではなくマウンドに上がっていても大きな成果を上げていたと思う。ただ、そんな考えは誰も思い浮かばなかったんだ」。
ロイヤルズ時代のチームメイト、サイ・ヤング賞も受賞しているデビッド・コーンとグビザは「私たちは登板した後は歩くこともままならなかった。。 肩、肘、肋骨、背中、お尻、すべてが痛くてリカバリーのために休息しなければならなかった。それなのに、大谷がやっていることは、もはや驚きを超えている。それが、どれほどありえないことなのかは、私たちMLBの投手が一番よくわかっている」と語り合っているそうです。
そして、大谷は「想像を絶する規律」で自らを徹底的に管理しているという結論に辿り着くそうです。
“They’re both mythological creatures in a world that doesn’t have that many,” Pearlman said.
Boの伝記“The Last Folk Hero: The Life and Myth of Bo Jackson” を書いたジェフ・パールマンも大谷のパフォーマンスに「2人は人類史上稀に見る神話上の生き物だ」と畏れています。
「同じ試合で101球を投げて、時速115マイルのホームランを放つ。なぜ、そんなことができるのか、私には目の前で起きていることが理解できない」というグビザの夢は、エンゼルスの試合前に球団OBでもあるボー・ジャクソンを招待するセレモニーを開催することです。
「私たちにはわからなくても、Boにはわかるだろう」。
世俗を嫌い、隠遁生活を送るBoがエンゼルス・スタジアムに現れることがあるのでしょうか?
自分しかいないと思っていたユニコーンと出会ったとき、大谷は何かを感じるでしょうか?
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