ラスベガスのMGMグランドガーデンアリーナでメインで戦うことを「最低でもフェザーまで」と夢見ていた井上尚弥は、WOWOWの収録で「エロール・スペンスJr.対マイキー・ガルシア」を観たあと「階級を上げてつぶされたら意味がない」と語りました。
「階級を上げてもつぶされたら意味がない」。その通りです。
ノニト・ドネアがより層の厚いフェザー級とジュニアフェザー級で思うような結果が出せずに、バンタム級に戻る決意をしたときも、同じような趣旨の発言をしました。
「最高のパフォーマンスを披露できる階級で勝負する」というのは競技者として当然です。
ただ、その「最高のパフォーマンスを披露できる階級」が、恋焦がれた米国では全く需要のない不人気階級だとしたら?
それでも、競技者としての道を貫くのか、大冒険に一歩踏み出すのかは、どちらが正しい、どちらが間違いという問題ではありません。
つぶされる可能性が高い、あるいはドネアのようにつぶされたことを考えると、競技者の道こそが正解なのでしょう。
ウエルター級までは、クラスを上げればあげるほどレベルが高くなります。しかも、スペンスを選ぶマイキーは戦前は「勇気がある。マニー・パッキャオみたいなファイターだ」と賞賛されても、試合に完敗すると「身の程知らずで無謀な愚か者」です。
メジャースポーツの野球で空前絶後の活躍を見せている大谷翔平は、マイキーなど比較にならないタイトロープを悠々と渡って見せましたが、転落していたら「身の程知らずで無謀な愚か者」でした。

カネロ・アルバレスが「(ドミトリー・ビボルとの再戦は)ライトヘビー級でしか考えていない。(ビボルが要求する)スーパーミドル級で勝っても、ビボルを弱体化して勝ったと騒ぐ奴が出てくるのは受け入れられない」と主張するのも、その通りです。
ただ、だったらアルツール・ベテルビエフとやればいいのです。ベテルビエフに勝てば、ハリボテのキャリアに一線を画する大勝利です。
カネロ本人もビボル戦前に「階級No.2と戦う」とベテルビエフが最強と認めていたのですから、このカナダの鉄拳に勝てばアンチを黙らせることができるというのに、どうしてキャッチウエイトでクルーザー級戦なんておかしな話に乗っかっているのでしょうか?
井岡一翔がWBOジュニアバンタム級のストラップを返上してまでジョシュア・フランコと「決着をつけたい」とダイレクトリマッチにこだわったのは、競技者心理としては理解できます。
しかし、結果として回避した指名試合の相手が中谷潤人であったことは、世間的には〝瓜田に履を納れる、李下に冠を正す〟行為に見られています。
もちろん、この男は「世間的」な目などに良い意味でも悪い意味でも一切振り回されることがない、我が道をゆく人です。
そして、34歳の井岡はキャリアのフィナーレを逆算する段階に入っています。フランコとの決着を優先するのは、全くわからないことではありません。
それでも、やはり、プロとしてはあまりにも周りが見えてないのは残念です。田中恒成のときも「メリットがない」と後ろ向きでしたが、多くのファンは井岡のベストバウトにあの試合を挙げるはずです。
「結果論で好き勝手言う人たちの多数決でボクシングをやってるんじゃない。自分が納得するためにやってるんだ」と、彼は言うのでしょうが…。
よく知った港湾でセールする方が、素晴らしいパフォーマンスを発揮できるのは当然です。波の荒い沖に出て、不細工な操縦をするんじゃ意味がないというのも、その通りです。小さな港湾でも納得できないことがあれば、そこにこだわって再挑戦するのは当然です。
ただ「その船じゃ絶対無理。やめておけ」という忠告を無視して、沖の大洋に漕ぎ出し、荒波を乗り切ってゆくのを見るのが、スポーツにおける一番の感動であることを、パッキャオや大谷によって私たちは知ってしまいました。
もちろん、井上やドネア、カネロ、井岡も誰もが認める十分すぎるほど優れたアスリートです。
彼らに、パッキャオや大谷を重ねて比較するのが、そもそも馬鹿げていて、間違っているのは、重々承知していますが…。
「階級を上げてもつぶされたら意味がない」。その通りです。
ノニト・ドネアがより層の厚いフェザー級とジュニアフェザー級で思うような結果が出せずに、バンタム級に戻る決意をしたときも、同じような趣旨の発言をしました。
「最高のパフォーマンスを披露できる階級で勝負する」というのは競技者として当然です。
ただ、その「最高のパフォーマンスを披露できる階級」が、恋焦がれた米国では全く需要のない不人気階級だとしたら?
それでも、競技者としての道を貫くのか、大冒険に一歩踏み出すのかは、どちらが正しい、どちらが間違いという問題ではありません。
つぶされる可能性が高い、あるいはドネアのようにつぶされたことを考えると、競技者の道こそが正解なのでしょう。
ウエルター級までは、クラスを上げればあげるほどレベルが高くなります。しかも、スペンスを選ぶマイキーは戦前は「勇気がある。マニー・パッキャオみたいなファイターだ」と賞賛されても、試合に完敗すると「身の程知らずで無謀な愚か者」です。
メジャースポーツの野球で空前絶後の活躍を見せている大谷翔平は、マイキーなど比較にならないタイトロープを悠々と渡って見せましたが、転落していたら「身の程知らずで無謀な愚か者」でした。

カネロ・アルバレスが「(ドミトリー・ビボルとの再戦は)ライトヘビー級でしか考えていない。(ビボルが要求する)スーパーミドル級で勝っても、ビボルを弱体化して勝ったと騒ぐ奴が出てくるのは受け入れられない」と主張するのも、その通りです。
ただ、だったらアルツール・ベテルビエフとやればいいのです。ベテルビエフに勝てば、ハリボテのキャリアに一線を画する大勝利です。
カネロ本人もビボル戦前に「階級No.2と戦う」とベテルビエフが最強と認めていたのですから、このカナダの鉄拳に勝てばアンチを黙らせることができるというのに、どうしてキャッチウエイトでクルーザー級戦なんておかしな話に乗っかっているのでしょうか?
井岡一翔がWBOジュニアバンタム級のストラップを返上してまでジョシュア・フランコと「決着をつけたい」とダイレクトリマッチにこだわったのは、競技者心理としては理解できます。
しかし、結果として回避した指名試合の相手が中谷潤人であったことは、世間的には〝瓜田に履を納れる、李下に冠を正す〟行為に見られています。
もちろん、この男は「世間的」な目などに良い意味でも悪い意味でも一切振り回されることがない、我が道をゆく人です。
そして、34歳の井岡はキャリアのフィナーレを逆算する段階に入っています。フランコとの決着を優先するのは、全くわからないことではありません。
それでも、やはり、プロとしてはあまりにも周りが見えてないのは残念です。田中恒成のときも「メリットがない」と後ろ向きでしたが、多くのファンは井岡のベストバウトにあの試合を挙げるはずです。
「結果論で好き勝手言う人たちの多数決でボクシングをやってるんじゃない。自分が納得するためにやってるんだ」と、彼は言うのでしょうが…。
よく知った港湾でセールする方が、素晴らしいパフォーマンスを発揮できるのは当然です。波の荒い沖に出て、不細工な操縦をするんじゃ意味がないというのも、その通りです。小さな港湾でも納得できないことがあれば、そこにこだわって再挑戦するのは当然です。
ただ「その船じゃ絶対無理。やめておけ」という忠告を無視して、沖の大洋に漕ぎ出し、荒波を乗り切ってゆくのを見るのが、スポーツにおける一番の感動であることを、パッキャオや大谷によって私たちは知ってしまいました。
もちろん、井上やドネア、カネロ、井岡も誰もが認める十分すぎるほど優れたアスリートです。
彼らに、パッキャオや大谷を重ねて比較するのが、そもそも馬鹿げていて、間違っているのは、重々承知していますが…。
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