プロで成功を収めるには、野手なら打撃と守備、投手なら球速や制球力・変化球のキレなど、少なくとも一つで、基準値に達した能力が必要です。

その基準値を80としましょうか。

それをすでに携えてプロ入りして来る高校生は極めて稀れです。

ほとんど全ての高校生は、どの要素でも80に満たないスペックでプロの門をくぐり、80に近づくよう全身全霊で努力を積み重ねるのです。

その中で、やはり極めて稀れに80を大きく超えたり、あるいは100をも通過点という未来のスーパースターも紛れ込んでいます。

高校レベルなら何か一つが高校基準に達していなくても、それを隠して活躍することが出来ます。

何か一つが60なら超高校級、もしそれが複数であるなら、多くの人は「希代の才能」と思い込んでしまいます。

根尾昂のように。

根尾は投手としても野手としても、高校基準では破格の才能でした。それは逆に、何一つとしてプロ基準には達していないということでもありました。

投手としての球速、打者としてのパワーですでにプロ基準を大きく上回っていた高校生・大谷翔平でも制球力や変化球、バットコントロールなど多くの点でプロ基準と乖離していました。

しかし、彼にはプロ入りする高校生にとって最も重要な目に見えない伸び代が心身ともに溢れていました。

清原和博は高校時点ですでにプロの「タイトルホルダー手前」という能力を装備していた空前絶後の才能でしたが、心身の伸び代が大きく欠落していたのかもしれません。

そして、根尾も数えきれない要素で高校基準を大きく上回りながらも、何一つとしてプロ基準に達していないどころか、高校時代から一歩も前に進んでいない、そんな気さえして来ます。

根尾が「と金」になれない歩をいくつも持っていた超高校級の才能だとしたら、プロを選択したことは間違いでした。

もちろん、23歳の若者の持つ、朱色の「と」が裏書きされていない「歩」が明日、飛車に化ける可能性は誰も否定できません。

あるいは、長い人生の中での野球選手、として見た場合、甲子園で眩しいほど輝き、プロでも大きな注目と期待を集め続けたことに間違いなどあるはずもなく、常人には体験できない素晴らしいにも程がある青春の時間として根尾昂という人間を豊かに形作るのは間違いありません。

さて、藤浪晋太郎です。