ものすごい時代になりました。

杉谷満が指名挑戦者として戦ったWBAフェザー級王者は、誰だっけ?

そんなド忘れなど「秒」で解決できる時代です。

国内外のニュースについても、同じ出来事のニュースを複数のメディアの記事で目にすることができます。

多くの場合、動画まで見れるわけです。非常に冷静で客観的な目で、何が起きたのかを考察することができるのです。

しかし、もはやどんな出来事も想定内で、予定調和で、つまらないものばかりになってしまいました。

思えば、インターネットという下劣な投網で地球が丸っと包まれてしまってから、胸が躍るような出来事がどこかへ消え去ってしまいました。



ーーー1978年1月、そのニュースがどこから入ってきたのか、今では記憶が朧げです。

友達から聞いたような気もしますし、ワールドプロレスリングのテレビ中継の中で知った気もします…。

ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンからとんでもないニュースが飛び込んできました。

藤波辰巳がカルロス・ホセ・エストラーダをドラゴン・スープレックス・ホールドでピンフォール、WWWF(スリーダブリューエフ)ジュニアヘビー級王者になったというのです!

「藤波辰巳」も「カルロス・ホセ・エストラーダ」も「WWWF」も「ジュニアヘビー級」も知りませんでしたが、マディソン・スクエア・ガーデンがとにかく凄い場所なんだということは、しっかり心得ていました。

そのマディソン・スクエア・ガーデンで藤波辰巳が、カルロス・ホセ・エストラーダといういかにも強そうなプロレスラーを、ドラゴンスープレックスという聞くからに派手な技でフォール勝ちしたというのです。

アルファベットを見ただけで身構える子供にとってWWWFという響きには、胸をザワつかせるしかありませんでした。



ーーーそして、同じ年の11月。そのニュースがどこから入ってきたのか、今では記憶が朧げです。

友達から聞いたような気もしますし、ワールドプロレスリングのテレビ中継の中で知った気もします…。

ヨーロッパに遠征していたアントニオ猪木が、ドイツでローラン・ボックに敗れたというのです。

ローラン・ボック。初めて聞く名前でした。私が知った情報は、そのいかにも一筋縄ではいきそうにない名前と、彼の異名が「地獄の墓掘り人」だったということ、恐るべきスープレックスの使い手ということ。

たったそれだけでしたが、もう、それだけで十分でした。

プロレスが虚々実々の世界であり、勝敗はプロレスラーの格で決まることも何となくわかっていましたが、それだけに猪木に勝つなんて格のプロレスラーが存在することを知り、ひたすら戦慄しました。

ヨーロッパで大変な事件が起きた!と身悶えしました。

「猪木がドイツで地獄の墓掘り人に敗れた」。子供にとって、これ以上にショッキングなニュースなど、他に考えられません。



ーーー私のいい加減な記憶では、この1978年よりあとの出来事だと思っていた「スタン・ハンセン」は、調べてみると1976年のことでしたから、実際には2年前でした。

そうです。これぞプロレス、なスタン・ハンセンの、日本に届いた最初のニュースです。

またもや舞台は、マディソン・スクエア・ガーデン。

WWWFヘビー級王者の〝人間発電所〟ブルーノ・サンマルチノの首をウエスタンラリアットでヘシ折ったというのです。

「人間発電所がウエスタンラリアットで首の骨を折られた」。

もう、子供にとって驚天動地のニュースです。ウエスタンラリアット、恐るべし!それ以上に、首をヘシ折られても死なない人間発電所の強靭な肉体に身慄いが止まりませんでした。



そういえば、1970年代中盤から80年代の初め、世の中はギミックに満ちあふれ、あちこちでケーフェイが飛び交っていた時代でした。

あの頃、空にはアダムスキー型UFOがジグザグに飛行し、エリア51では米軍が宇宙人を捕獲、ユリ・ゲラーは超能力でスプーンを曲げ、ネス湖には恐竜の生き残りの巨大生物が確かに棲息していました。

それなのに、私だけを残して、みんな一体どこへ行ってしまったのでしょうか?



プロレスラーとUFOと宇宙人と超能力者とネッシーをいっぺんに見失ってしまった私が、米国ボクシングに怪物ランドを見出すのは、偶然なんかではなく必然だったのかもしれません。