BBBofC(英国ボクシング管理委員会)のスコットランド地域ライト級、BBBofCライト級、EBU欧州ライト級と着実にステップアップして1970年9月26日、灼熱のパナマでイスマエル・ラグナをSDで攻略、ニューヨーク州アスレティックコミッション公認タイトルと、WBAタイトルを獲得。翌年にはルーベン・ナバロ(Ruben Navarro、米国)に勝利してWBCのベルトを加え、Undisputed Champion に。
このタイトルは1972年6月26日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで13ラウンドTKO負けで失います。13ラウンド終了間際にボディーブローでブキャナンが悶絶してしまうのでしたが、それはどう見てもローブローでした。
しかし、この不当判定が大きく非難されることはありませんでした。それまでの展開が挑戦者優勢だったからではありません。
このあと、新王者のロベルト・デュランがあまりにも輝かしいキャリアを駆け抜けたからでした。
ブキャナンは再起戦でカルロス・オルチスを6ラウンドで棄権させ、伝説の名王者オルチスはこの試合でリングを去りました。
さらに、1975年2月27日には東京でWBC王者のガッツ石松に挑戦、判定負けで返り咲きを阻まれました。
母国スコットランドに英国、スペイン、プエルトリコ、米国、南アフリカ、カナダ、イタリア、デンマーク、イタリア、ジンバブエ、日本…色白のライト級は見かけによらずどこまでもタフで、誰とでもどこでも戦うロード・ウォリアーでした。
2000年には国際ボクシング名誉の殿堂(International Boxing Hall of Fame )入り。
私は現役時代のブキャナンを知りませんが、80年代からボクシングを見るようになってブキャナンが何者なのかは活字や映像から知りました。
現役時代を知らないのに、誰とどう戦ったのかを知っている。
つまり、そういうことです。グレートです。
私は現役時代のブキャナンを知りませんが、80年代からボクシングを見るようになってブキャナンが何者なのかは活字や映像から知りました。
現役時代を知らないのに、誰とどう戦ったのかを知っている。
つまり、そういうことです。グレートです。


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コメント一覧 (5)
WBA世界ミドル級王者になった
竹原慎二は国民栄誉賞ものです。
フシ穴の眼
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