侍ジャパン、ドラゴンズに負けちゃいました。まあ、練習試合ですが、今年のドラゴンズは要注意です。

今夜は抑え候補の松井裕が打ち込まれてしまいましたが、現代のクローザーはひ弱なイメージがあります。

かつて、クローザーはリリーフエースや「火消し役」と呼ばれていました。

セーブ王はファイアマン、安田火災海上保険(現・損害保険ジャパン日本興亜)がスポンサー、1981年の第一回受賞者はセ・リーグが角三男(現・盈男)、パ・リーグが江夏豊でした。

安田火災、1987年のバブル真っ盛りにゴッホの「ひまわり」を当時の最高値記録を大きく上回る58億円で落札した会社です。

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生前、一枚も売れなかった説もあるゴッホの絵。ご本人は「生きてるときに買えや、ボケッ!!」と天国から叫んでいたはずです。

ゴッホ話になる前に、話をファイアマンに戻します。

当時の締めくくり投手は火消し役、つまりリードして迎えた終盤に相手打線に火が付いた大ピンチでマウンドに上がるのです。

あまりにも有名な「江夏の21球」も、史上最高のサウスポーがマウンドに上がったのは7回2アウトから。福士尊敬章がピンチを招いた場面での登板でした。

あの試合で江夏は、9回裏に自ら無理満塁の絶体絶命のピンチを〝演出〟し、自分で〝火消し〟したのです。

あの試合で江夏が投じたのは、21球ではありません。

21球は9回2死満塁から投げた球数です。それまでの7回1死から8回までの1回2/3で20球を投げていました。あの試合で江夏は41球を投げていたのです。

当時のクローザー〝ファイアマン〟の地位は、現在のクローザーほど絶対的ではありませんでした。

例えば読売の場合、天王山と表現されるような大一番の火消し役には、角ではなく、江川卓と西本聖がマウンドに上がって来ました。

タイガースからしても、江川や西本の方がイヤでした…。

現代のクローザーはほとんどのケースで9回のアタマ、走者無しから登板しますから、そもそも「火消し役」ではありません。

もっと、正確にいうとシーズン通して火消し経験が一度もないクローザーもいます。

現代ではクローザーは回跨ぎをすることもレアケース。自責点にならなくても失点するのは、本人の自信や、相手のイメージの面からも良くないという考えでしょう。

江夏の時代の「火消し役」でクローザーを登板させるのでは、現代野球では遅すぎるということでしょう。火消しではなく、火を出さないことに主眼が置かれているのです。

見てる方は7回無視満塁でクローザーが登場するなんてのがゾクゾクしますが、そんなシーンは現代野球では考えられません。


それにしても、大谷翔平はグラウンドにいると表情豊かで本当に楽しそうです。