上方。

このこ言葉を今でもよく聞くのは「上方落語」「上方漫才」でしょうか。

「上方」は大阪、京都の文化圏を指し、関西人にとって東京に優越できる数少ないワードの一つです。

しかし、そもそもが天皇が住む地を「上」とする言葉ですから「皇居」が東京に移された明治以降は「上方」は死語…というよりも、東京を「上方」と呼ぶことこそが相応しいはずです。

もちろん「天皇のお住まいは今でも京都であり、東京なんぞは仮住まい。そもそも東京なんて東の京都に過ぎない」なんてことを、酔っ払ってガナり立てる人もいます。

最近、自衛隊の「特定秘密」漏洩事件がありました。これも偉いOBの重圧から忖度してしまったと見られていますが、あれもそんな大御所が絡んでいたのでしょう。

今夜は、OBではなく、大きな肩書きだけとはいえまだ現役の大御所との忘年会があります。

しかも、別会社の方ですから気が楽です。

面倒なお付き合いは極力・全力でお断りする性分ですが「京都から大御所も来るからお願いします」と、頼みこまれた顛末です。

まだ社会人なりたての頃に、大阪でお世話になった取引先の恩人だけに断りにくいだけでなく、実は少しは楽しみだったりもしています。

同じ会社だったら、こうは行かずに何度もぶつかって、関連会社に飛ばされてそうです。

昨年の忘年会では久しぶりの再会に、私が「まだ生きてたんですか?」と大袈裟に驚くと、その場は凍りつきましたが「わざわざ東京くんだりまで来てくれなくても、こっちからお伺いしますよ」と言う私に「お前はそうゆうて絶対来ないヤツやから!」と、頭を叩かれました。

その後は「最高の映画は何か?」「牛肉と羊肉はどちらが美味いか?」「最強の野菜は何か?」「東大教養学部文化一類(法学部)は今と50年前はどっちが難しい門か?」というくだらないランキング話から、いつもの上方論へ。

京都ラブが過剰な上方最強論者のくせに東大法学部卒という大御所は「いくら偉そうに京都を持ち上げても東大選んだ時点で裏切り者ですよね」と冷かしたときだけ、可愛く神妙に「それはちゃうねんで」と、急にゆっくり話し始めるのでした。

最近は年に一度の酒席で会うばかりですが、よくよく考えると酒の話はしたことがなく、いつも取り止めのない上方vs東京の芸能文化の話をするのでした。

ところが昨年は、酒の話に。出てきた「越乃寒梅」(このお酒が悪いことも含めてまたいろいろ逸話のある酒です)、これが特別醸造のやたら美味いやつで、大御所は「美味い!」と唸ったあとにバツが悪そうに苦笑いしたのでした。

うちの父親もそうですが「地酒なんて」という感覚の持ち主です。

伏見以外、百歩譲って灘まで。江戸、東京も含めた地方の酒は粗末で野蛮な酒、という考えです。

実際、江戸時代の「地酒」は上方で作られたもの以外の酒を指し、品質が劣るという蔑視の意味も込められていたそうです。

日本酒に格付けがあった昭和の時代、資金力の弱い地酒は二級酒にカテゴライズされました。そうした印象も地酒への偏見を助長したのかもしれません。

18世紀の欧州におけるワインとウイスキーの関係にも似ています。ウイスキーは蒸留酒で種類が違いますが。

FullSizeRender

歌舞伎座の前に積まれている酒樽は「八海山」。新潟の有名な地酒です。

「有名な地酒」というのも、違和感ありまくりなことばです。

江戸時代は「月桂冠」や「松竹梅」あたりの京都の酒が積み上げられていたのかもしれません。

個人的には灘でも伏見でもなんでも良いのですが、地方出張ではやはり地酒でないと。

「地酒は美味しくないなんて言ってると、時代遅れだと馬鹿にされますよ」というと、私の神妙に昭和以降の酒の話を聞いてくれていました。

同じ会社の方々は、この忘年会がなければ正月お休みなのです。元老院最高議長みたいな大御所をケムたく思って、私に対しても「関係ないんだから断れよ」とか「二人だけで飲めよ」と心の底で思ってるに違いないのですが、さすがにそんなことは誰も口には出しません。

自衛隊の「特定秘密」もそうですが、多くの忖度にはパワハラが付きもので、こういう大学派閥・年功序列・終身雇用の昭和システムの勝ち組な大御所はどんどん姿を消してゆくべきなのでしょう。