箱根駅伝第1回のスタートは大正9年、1920年といいますから、なんと102年前のことです。

1922年創刊のリング誌とほぼ同年代ですが、関東ローカルの大学駅伝は1億2000万人国家の国民的行事に成長した一方、米国ボクシングは1970年代からジリ貧の没落が続き、自称「ボクシングのバイブル」は今年廃刊に追い込まれてしまいました。

さて、隆盛の箱根駅伝。戦時中の中断があったものの、襷を繋ぎ続けて来月2日、3日の大会で99回を迎えます。

前回大会の上位10校(シード校)と予選会通過校10校、これにオープン参加の関東学生連合チームを合わせた全21チームが参加するシステムですが、私が走っていた頃は、上位9校がシードで予選会通過枠は6校しかありませんでした。

人気が膨らむスポーツはサッカーW杯が出場国の拡大を続けているように、箱根駅伝も特に予選会通過枠でのエキスパンションを進めています。

その一方で、今回の予選会参加校は43校。私たちの時代は50校を優に超えていたはずです。

人気爆発に伴って、本大会の出場枠は大きく拡大しているのに、どういうわけか予選会参加校数は大きく減っているのです。

来年は大きな節目の第100回大会。

かつて、5回ごとの記念大会でも予選会通過枠が拡大されていました。

記念大会に照準を絞った強化策で、東京大学や慶應大学など、通常大会では出場が難しい大学も本大会に駒を進めていたものでした。

箱根駅伝が、ボクシング世界戦を大きく上回る視聴率を叩き出すなんて考えられませんでしたが、今はそれが当たり前になったどころか、ボクシング世界戦の多くは地上波から姿を消し、同じ土俵で語るものでもなくなってしまいました。

関東学連主催というローカルの極みのような箱根駅伝が国民的スポーツに発展、本選出場枠が拡大した一方で、どうして予選会参加校が減ってしまっているのか?

よりステージの高いはずの全国大会は、どうして箱根とは比べようもない注目度に甘んじているのか?


…箱根駅伝。

正月のモンスターコンテンツへの愛憎を渦巻かせてゆきます。